日本人の腸に備わった海藻を分解する酵素
次に、酪酸の2つめの健康効果である筋肉量低下の予防について説明しましょう。
加齢とともに気になるのが、筋肉量の減少、筋力の低下ですよね。サルコペニア(筋肉の喪失)とも呼ばれ、フレイル(虚弱)につながるとして問題視されています。サルコペニアは寝たきりを招くだけでなく、嚥下障害や誤嚥性肺炎などの原因にも。健康で長生きするためには筋肉を減らさないことが重要ですが、酪酸には筋肉の減少(萎縮)を防ぐ効果があるのです。
そもそも古来、日本人の食生活は粗食でした。今でこそ欧米と同じように肉を摂る食事が一般的になりましたが、江戸時代ごろまでは、ご飯と野菜、少しの魚に、果物などの食事が普通。けれど、当時の人々の筋肉量が著しく少なかったわけではありません。それはなぜか──。
実は日本人の約90%が、腸内細菌の中に「海藻を分解する酵素」を持っているからなのです。この酵素は世界中を見ても日本人だけが多く持っているもので、海藻を分解し、水溶性食物繊維を作り出します。すると、水溶性食物繊維をエサに酪酸菌が酪酸を産生。酪酸が増えることで筋肉の減少を防いでいたのです。
もちろん、肉や魚、乳製品、豆類などのたんぱく質を摂ることは大切。しかし、日本人の腸を考えると、海藻類をしっかり食べて酪酸菌を増やすことも忘れてはいけないと言えるのです。
先に紹介した京丹後市の調査では、筋肉量とたんぱく質摂取量に相関関係は見られませんでした。簡単に言うと、たんぱく質を多く摂っていなくても、筋肉量は極端に減っていないということ。寝たきりの人が少なく、自分の脚で歩いている人が多いことを考えると、酪酸が筋肉維持にも寄与していることがわかります。
また酪酸は、がん治療においても注目されているのです。肺がん患者が抗がん剤治療を受ける場合、酪酸菌を内服すると効果が上がったという報告が。一方、大腸がんでは、運動によって筋肉から分泌される「スパーク」というホルモンが、がんの芽を摘むことがわかってきています。そのため、酪酸菌を内服し、筋肉を維持することも治療に併用されているのです。