そんな社長夫婦は、年齢を重ね将来を考えた結果、百合子たちを会社の後継者にしたいと熱望したというのだ。そして、会社を継ぐことを条件に、土地をタダで提供する、と。

土地と社長の座、両方をゲット。そんなラッキーなことってあるの!? と、驚くばかり。「会社が不況で傾きかけているから、助けてほしい」ならわかる。でも、地元では名の知れた建設会社、倒産の可能性は限りなくゼロに近い。単純に、夫婦の仕事ぶりに惚れ込んでのことだった。

「良かったね! 新居に遊びに行くよ」と言ったのは嘘ではない。しかし喜びつつも、何となくモヤモヤしたものが残った。

似たような暮らしぶりだと思っていたのに、タダで土地を手に入れたうえ、将来は社長夫人。対して、こちらは母子家庭。養育費ももらえず、これからも私ひとりの稼ぎで娘を育てていかなければならない。子どもが熱を出したって、誰が助けてくれるわけでもない。

何よりも羨ましく感じたのは、彼女が赤の他人である社長夫婦に、温かく見守られていることだ。私は、大好きだった父親を亡くしている。そして、母親とは当たり障りのないつき合いはしているものの、いつだって水と油の状態で、会うのが苦痛なのだ。

新居には、お祝いを兼ねて一度訪問した。しかし、2階建て、部屋が5つ、ダイニングが10畳、そして、収納が多いため雑多な感じがまるでないのだ。ちょっとかしこまってしまう私がいた。大雑把な性格の娘も、緊張感をみなぎらせている。帰り道、娘がつぶやいた。「前のおうちのほうが落ち着いたね」。

それ以来、たまに居酒屋などで合流するつき合いは続いているが、彼女の家には訪れていない。あちらもわが家に来ることはなくなった。子どもが成長して、それぞれの生活が変化したというのもあるだろう。でも私にはわかっている。ささやかな嫉妬心が、私と彼女との間に距離をつくってしまったのだと。


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