すれ違う会話、そのワケは
一個人として自立したいから働こうと思っている人が配偶者に「甘えたくない」というと、経済的な心配をしていると思われる。学生と対等な学びの関係を築こうとして「先生と呼ばないで」というと、学生は教員からの「命令」に近い指導と捉え、教える側と教わる側という上下関係をより強化してしまう。コミュニケーションにおいて、自分が発した言葉を、相手に意図通り伝えるというのはけっこう難しい。
この本で例に挙げられる会話や言葉のすれ違いは、本誌を読んでいる皆さんにとっても身近で切実な問題ばかりではないだろうか。著者の三木さんは哲学(といっても、言葉とコミュニケーションが専門)の専門家で、本書にも専門的な話を織り交ぜて説明しているので、パッと見は難しいのかなと思う人もいるかもしれないが、決してそんなことはない。
私も実は言語学の端っこにいる人間だが、そんな私からしても、内容の濃さはそのままに、わかりやすくまとめられている。それを可能にしているのは、実際に著者が経験した出来事、映画や小説に出てくるセリフのやりとり、そんな「例」が豊富だからだ。例示のうまさと強さを思い知らされた。
扱うのは言葉の問題だけれど、ジェンダーや権力の勾配、あるいは姿の見えない相手とのコミュニケーションといった、私たちが日々接する問題が端緒となっているので、これは生きづらさを感じている人のための処世術の本、心のガス抜きになるユーモアある本でもあると思った。
著者がコロナ禍でRPGゲームにはまったとき、「私は魔術師よ。質屋じゃないんだけど」の台詞を繰り返すキャラクターの発言の味わいが、シチュエーションによって大きく変化しているように感じられる話はめちゃくちゃ面白かった。エッセイを読む気軽な気持ちで手に取ってもらいたい。