そもそも「ありのまま」などない

ここまで主に「見えないもの」からの視点を、様々な形で見てきましたが、その裏返しとして、私たちには何が見えているのかということも、よく考えると曖昧になってきます。

「それは簡単で、人間の目で見えるものだ」というのが自然な答えかもしれませんが、そもそもセンサーとしての人間の目というのも、自然界にある様々な電磁波の中で、いわゆる可視光線と言われている特定の範囲の波長の光線しか見えていません。

私たちが見たり感じたりしていることは、目や耳といった身体的センサーだけでも相当ふるい分けされていて「ほんの一部」しか見ていないのです。ですから「ありのままの自然を感じる」などということは最初からあり得ないのです。

このような身体的なセンサーで、「ほんの一部」だけ認識された信号を、今度は私たちが認知という形で「頭で認識する」わけですが、この時点でさらに私たちが見聞きしているものの像はさらに歪んだ形になっていきます。

代表的なのは、私たちが様々な抽象化を行い、ある意味、都合の良い形で対象をとらえることです。この他の主要な要因として挙げられるのは、心理学の世界で「認知バイアス」と呼ばれている認知の歪みです。以下に2つのバイアスの例を紹介しましょう。

『見えないものを見る「抽象の目」――「具体の谷」からの脱出 』(著:細谷 功/中公新書ラクレ)