私たちは皆「抽象化という眼鏡」をかけて世の中を見ているとのことで――(提供:photoAC)
私たちの生きる世界は、VUCAと言われる不確実で先の見えない時代に突入したと言われています。2020年初頭からコロナやウクライナ紛争など思いもよらない事態を招き、日常生活ではスマホの普及やGAFAMと呼ばれるプラットフォーマーの台頭等により、デジタルを中心とした「見えないもの」に支配されている――。ビジネスコンサルタントの細谷功氏が、これからの時代を生き残る鍵となる思考力を鍛えるため、「具体と抽象」のテーマに当てはめながら、この「見えないもの」を見えるようにするための考え方を提供します。第3回は、「見えない世界」が広がるとともに私たちが無意識に陥っている視野の狭窄について、お伝えします。

※VUCA…Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)頭文字を取った造語で、時代の特性を表す
※GAFAM…世界的な力を持った巨大IT企業(Google、Amazon、Facebook(現:Meta Platforms)、Apple、Microsoft)の頭文字を取った呼び名

前回前々回と、見えない世界の拡大と、その起源として人間だけが持つ「抽象の世界」について取り上げてきました。

「抽象の世界」は人間社会の発展に寄与しつつ、逆に私たちの視野を固着した概念で狭くすることも進めてきました。私たちは同じものを見ても、ありのままでなく、歪んだ形で認知してしまうことがあります。

抽象化された属性に自由を奪われる

抽象化によって、見えないものを見ることで知的能力を飛躍的に発展させ、社会生活や科学技術を高度化し、心身ともに豊かな生活を送ることができるようになってきた人類ですが、それが決定的な弱点となり、様々な場面で人間の生活におけるマイナス要因となって働いています。

たとえて言えば、私たちは皆「抽象化という眼鏡」をかけて世の中を見ています。この眼鏡は、当然物事をよく見えるようにすることに役立つとともに、いわゆる「色眼鏡」としてネガティブに働いてしまったり、「分厚い眼鏡」(いわゆる「牛乳瓶の底」)のように視野が狭くなったりするということです。この眼鏡には、実際の世界にはない線が無数に引かれているのです。

例えば、「国境」のような線引きを考えてみましょう。「国家」というような人間の集団を構成することで、社会生活が高度化される半面、「仲間を助ける」という意識が、時に、限られた資源(天然資源、食物、お金など)を分配する上で、いかに仲間の取り分を増やすかという意識を生み、様々な争いをひきおこしてきました。

戦争がよい例です。そもそも「国家」という概念がなければ、国家間の戦争はあり得ません。「線引きによって、会ったこともない人同士で巨大な集団を構成することができる」というメリットは、いざ諍いが起きた時にはとんでもない大規模の殺し合いになる仕組みとも言えるのです。

「村」や「町」といった地域コミュニティをはじめとするこのような集団がなければ、人間同士の争いは基本的に1対1か、せいぜい数人同士の個人的な殴り合いぐらいで終わっていたことでしょう。それが多くの人を同じ集団だと思えることにした抽象化という手段によって、桁違いに増幅されたのです。