本人への取材は12時間。歴史にこだわって

ご本人への取材にいただけた時間は3日間、トータルで12時間ほど。八王子にある荒井呉服店やご実家にも伺い、かつて作曲をしていた応接間にも案内していただきました。取材で骨組みだけもらって、あとの9割は資料を読んだり想像を膨らませたりして書きました。こだわったのは、歴史です。

八王子は「桑都」と呼ばれた街でもあり、生家が呉服屋さんなので生糸との関係が深い。生糸は日本が近代化していく中で最重要の輸出品でした。そこまで掘り下げることで、個人史にとどまらない、歴史小説のような奥行きが出せる。

そして、日本の音楽史も大事な要素。まったく新しい音楽を生み出すに至る少女が、どんなふうに文化を吸収し才能を磨いていったか、背景を書き込みました。

「文化資本」という言葉がありますが、当時は裕福なおうちに生まれない限り、楽器にも触れない時代。ユーミンは幼少期から店のラジオで洋楽を聴き、母親と都内の劇場に足を運び、ミッション系の女子校で教会音楽に触れ、米軍基地にも通っていた。そして、グループサウンズの大ブームに乗って、ジャズ喫茶目指して東京を回遊するようになります。

ユーミンの才能が開花する道のりを追いかけることは、戦後日本の芸能史、ユースカルチャーの歴史を描くことでもあり、私自身、当時の音楽シーンを追体験する気持ちで楽しみながら書きました。