〈少女の冒険小説〉というイメージで

ただ、その頃の音楽業界は凄まじい男社会。ユーミンは「作曲家になりたい」という夢を持っていましたが、それが叶うような時代ではなかったんですね。そんな中、持ち前の行動力で人脈を広げ、若くしてデビューに漕ぎ着けた。女性シンガーソングライターの草分けとして、同性の共感を集める存在になっていきます。

女性が自分の才能を発揮することが難しかった社会を、変えていった存在でもある。今、ユーミンを描くなら、フェミニズム的な視座はマストだと思いました。

実際にユーミンとお話しすると、自分の仕事への自負心が強く、気持ちがいいほど媚びがない、女子にモテる女子。きっと少女の頃からジェンダーレスな気質なんだろうと想像しました。堂々としていて、クールで、才能に溢れた女の子。そういうかっこいい主人公を小説に描けるのは嬉しいことでした。少女の冒険小説、そんなイメージで〈由実ちゃん〉を描きました。

作中にはたくさんの楽曲が登場しますが、思い入れがあるのは、「翳りゆく部屋」です。ユーミンがはじめて作った曲でもあり、結婚前のラストシングルでもある。松任谷姓になる以前のユーミンを象徴する曲だと思います。

ユーミンは、作曲の才能はもちろん、詩人の感性を持ち、タフなパフォーマーでもあり、長年ユーミンブランドを守り続けているビジネスウーマンでもある。呉服店を営んでいた両親から「のれんを守る」という意識を受け継いでいるからこそ、半世紀にわたって第一線に立ち続けてこられたのだと思います。

ユーミンの半生を描く中で、思いがけず日本の歴史を遡り、たくさんの発見がありました。それをすべてこの一冊に描き込んだ、書き手として達成感のある作品となりました。私にとって大きな挑戦でしたが、何しろ驚くような面白いエピソードがいっぱい。こんなに小説を書いていて楽しかったことは後にも先にもないです。(笑)