母の病をきっかけに勉強を始めて
ユリさん(46歳、仮名=以下同)の夫は、メーカーに勤める転勤族。結婚以来、数年おきに引っ越す生活を続けてきた。
「子どもが小学校に入ってからは、行く先々でパートに就きましたが、いつも中途半端。いつ引っ越してもいいように、細切れの仕事しか見つけられませんでした」
娘の高校受験を機に東京に定住し、夫に単身赴任をしてもらうことに。父親を早くに亡くし、母一人子一人の家庭で育ったユリさんは、実家の近くに住むことを選択する。やっと落ち着いて親孝行ができると思った矢先、母が病に倒れた。
「末期の大腸がんでした。母が頼れるのは私しかいません。しっかり看病しなくちゃと思いました。転勤続きで会うこともままならなかったので、こんなときこそ母の面倒を見たいと思ったのです」
退院後は自宅で療養したいという母の願いに応えるため、大急ぎでホームヘルパーの勉強に取りかかったユリさん。病の進行と競争するかのような日々だった。
「ヘルパーの勉強を始めたと伝えたら、母はとても喜んでくれました。習ってきたことを試して、介護の真似事をしただけで妙に感心してくれて。母と二人三脚で勉強したような感じです。でも、もうすぐホームヘルパー2級(当時)の資格が取れるというときに、亡くなりました」
資格取得は親の介護には間に合わなかったが、学びながらの介護は親子に穏やかな時間を提供してくれたようだ。あれから5年。ユリさんは訪問介護の事業所に勤めながら、しっかりキャリアアップしている。
「母のおかげで、一生の仕事が見つかりました。ホームヘルパー2級から始めて、1級、さらに介護福祉士の資格も取ったんですよ」
勤続5年でサービス管理者になり、ケアマネジャーの資格に挑戦中だというユリさん。今や事業所になくてはならない存在になっている。
「介護の仕事は性に合っていたんでしょうね。母がもう少し長生きしてくれていたらとも思いますが、その代わり、利用者さんに親身になれるのが強みかなと思います」
そんなユリさんに最近思いがけない出来事があった。娘が介護の仕事をしたいと専門学校に入ったのだ。「努力する私の背中を見ていてくれたのかな」と、嬉しそうにユリさんは笑っていた。
プロだからと押しつけられることも
ユリさんは、ヘルパーの技術を身につけようと決心したことで、母との限られた時間を有意義に過ごすことができた。一方、終わりの見えない長期間の介護の場合は、どのようなことが起こるのだろうか。
カツミさん(52歳)は、兄と妹の3人きょうだい。7年前からヘルパーの仕事をしている。
「介護の仕事を選んだときは、いずれ両親の介護に役立つだろうという思いはありました。それにしても、兄と妹の反応は想定外でしたね」