「先生は、男女であっても対等な関係を基本とする人でした。昭和一桁生まれには滅多にないことと思いますが、そういう感覚を持つ人と出会えたことこそが奇跡だったと感じます」(撮影:大河内禎)
初の小説『疼くひと』で70代の性愛を描いた松井久子さん。本の刊行から半年もたたぬうち、自身に「奇跡」と思える予期せぬ出会いがあり、2022年夏に思想史家の子安宣邦さんと婚姻届を提出しました。初対面から1年を経ずしての決断。その理由は──。
(構成=丸山あかね 撮影=大河内禎)

<前編よりつづく

男女であっても対等な関係

夫(編集部注 思想史家の子安宣邦さん)の講座の後、懇親会に参加したのを機に、メールでさまざまな話をするようになりました。私たちが会話のキャッチボールを楽しむことができたのは、互いに互いの本を読み、あらかじめ人間性や思考を理解し合っていたことが大きいように思います。

先生は「深い話ができる関係性というのは、本質的な対等さがなければ生まれない」とメールに綴っていました。

この「対等な関係」が、私にはとても貴重に思えたのです。男尊女卑の前夫との過酷な体験から、40年以上たってもなお結婚はこりごりと思っていた私。ところが先生は、男女であっても対等な関係を基本とする人でした。昭和一桁生まれには滅多にないことと思いますが、そういう感覚を持つ人と出会えたことこそが奇跡だったと感じます。

メールでの対話を通して距離が縮まってきた頃、「今度は私の家で過ごしませんか?」と提案しました。先生は片道2時間の道のりをものともせず来てくれて。最寄り駅で待ち合わせ、私の部屋に向かって並んで歩き始めた時には、ごく自然に腕を組んでいました。

そんな行為は若い頃にはできなかったこと。傍目には長年連れ添った仲のいい夫婦に見えるのだろうなと、なんとなく愉快な気持ちになったりもしました。