半世紀近く続けてきた「校長講話」

なかでも渋谷教育学園の教育でユニークなのは、田村さんが生徒に直接語りかける「校長講話」を半世紀近くも続けてきたことだろう。

講話といっても、朝礼で聴く一般的な「校長先生のお話」とは全く別ものである。「中高生のリベラル・アーツ」を掲げ、学年ごとに大教室で1回50分(しばしば延長になる)の授業の枠を使う。両校合わせて年間計60回、80歳代後半になった今も田村さんは立ち通しの講話を続けている。

米国の大学などで重視されるリベラル・アーツは、文系、理系を問わず幅広く学問の基本を身につけるのが目的で、教養教育とも訳される。

田村さんは生徒の発達段階に合わせて入念に講話の内容を練り上げ、国内外の思想や歴史、科学の発展などを縦横に語る。大人が聴いても新たな発見に満ちた「白熱授業」だ。生徒たちには先人の生き方を知ることで、自分を見つめ、社会の中でどうしたら貢献できるのか、深く考えてもらうことも狙いとしている。

政府の中央教育審議会委員などを長く務めた田村さんは、米国の歴史学者の名著『アメリカの反知性主義』の翻訳も手がけた「学究肌」でもある。新聞の書評欄などで話題になった新刊にはできるだけ目を通し、社会の情勢をふまえて最新の論考や学術研究の成果も講話に取り入れている。

『伝説の校長講話――渋幕・渋渋は何を大切にしているのか』(著:田村哲夫/聞き手:古沢由紀子/中央公論新社)

「伝説の校長講話」の教室へようこそ。学生時代に素通りしてしまったかもしれない歴史や哲学、科学の意味と面白さが、時空を超えて相互に結びつくことで、鮮やかによみがえってくる。現代社会の様々な事象の道筋をたどれるようになり、視野が間違いなく広がる。その醍醐味を、幅広い世代の人たちに味わってほしい。