江戸情緒も謎解きも楽しめる捕物帳
有望な新人作家が次々と現れる時代小説の世界に実力派作家がデビューした。本書で第一回警察小説新人賞を受賞した麻宮好だ。ジャンル違いとも言える時代小説が受賞となったのは、全選考委員が口をそろえて絶賛する、卓越した文章力と登場人物の魅力的な造形、そして細部まで目端が行き届いた作品の完成度によるものだ。
深川一帯を縄張りにしている岡っ引き、利助が行方不明になってから一ヵ月が過ぎた。娘のまきは心配のあまり、父親の探索に乗り出す。まきは利助の実の娘ではなく、大洪水のあった十六年前の丙午の年に、寺に捨てられていた赤子を利助夫婦が引き取ったのだ。
利助は姿を消す前から、近くで起きた付け火の下手人を追っていた。まきはその事件を探ろうと利助を手下に使っていた定町廻り同心の田村恒三郎や、田村の後に臨時廻り同心となった飯倉信左に自分を使ってくれるように頼み込むが、当然相手にはしてもらえない。
だがまきには手助けしてくれる十一歳の二人の少年がいた。ひとりは何でも一目見ただけでその姿を寸分なく写し取ることができる材木問屋の息子の亀吉。もうひとりは、目は見えないが匂いに敏感で、物事を筋道立てて考えることができる元旅芸人の要だ。
ある事件をきっかけに彼らの力を知った信左は、手下は使わないという家訓をまげて、彼らとともに探索を行うようになる。
そんなとき、若い男の土座衛門が大川から揚がった。身元は薬種問屋相模屋の跡取り息子と判明し、袂から漆塗りの容れ物が見つかった。それが利助の残した証拠品と一対だと判明する。火付けの下手人と薬種問屋との間に関わりはあるのか。
江戸人情を描いた捕物帳としても絶品なら、終盤の謎解きも爽快だ。『恩送り』というタイトルの意味も、読み終わるとずしんと心に残る。続編を期待したい作品がまたひとつ登場した。