顔も髪もママとそっくり

ひと夏ギリシャで過ごしたあと、久しぶりにミラノのバールへ行った。夜も更けて、外気が心地よい。入り口で涼む客たちのあいだをすり抜けて、店内に入った。

奥行きいっぱいにカウンターがあり、その前に3、4人も立てばいっぱいになる小さな店だ。

薄暗い照明のもと、ヴァカンス帰りの客たちの笑い声やグラスを合わせる音、「クラフトビールお願い!」、低い女性の歌声などが混じり合う。

奥へ進もうとしたそのとき、カウンターで立ち飲みしていた人が、

「ママ!」

うそでしょう、どうしてここに⁉ 目を見開いて早口で叫びながら、その女性が私に抱きついてきた。驚いたのは、私のほうである。

ヴァカンス明けの肌と髪は日に灼(や)け、白目と歯が際立っている。シャワーだけ浴びて、夜も遅いのだから、と手に触れたものを引っ被(かぶ)るようにして出てきていた。

全身に太陽を吸い込みミラノに連れて帰れたようで、とても誇らしかったからだ。

抱きついてきたのは、顔馴染(なじ)みの常連客だった。ペルーから移住してきて、看護師として働いている。わかるでしょ私よ、と胸元の彼女に言うと、

「顔も髪もママとそっくり。もう少しこうしていてもいい?」

ぎゅうっと抱きついたまま、何も言わずにじっとしている。

※本稿は、『イタリア暮らし』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。

【関連記事】
ヤマザキマリ 母の葬儀を進める中イタリア人の夫が発した意外な一言とは。母がその場にいたら、息子と夫のしどろもどろな様子を前に呆れながら笑っていたにちがいない
ヤマザキマリ 低い声で捲し立てる早口のために「いつも怒ってますよね」と指摘され。「沈黙は金なり」が通じないイタリアのハイカロリーな出来事を乗り越えているうち、この口調になってしまった
85歳のアパレル店員・小畑さん「マルニでTシャツを買い、靴はジェイエムウエストンを。シンプルで作りのよいものは長持ちするし、結局はお得」

イタリア暮らし』(著:内田洋子/集英社インターナショナル)

イタリアにわたり40年余り。
ミラノ、ヴェネツィア、リグリア州の港町、船で巡った島々……。
暮らしながら観てきた、イタリアの日常の情景。

常に、新たな切り口でイタリアに対峙してきた内田洋子が2016~2022年、新聞・雑誌・ウェブに寄稿した文章から厳選。
ふだん着姿のイタリアが、ここにある。