顔も髪もママとそっくり
ひと夏ギリシャで過ごしたあと、久しぶりにミラノのバールへ行った。夜も更けて、外気が心地よい。入り口で涼む客たちのあいだをすり抜けて、店内に入った。
奥行きいっぱいにカウンターがあり、その前に3、4人も立てばいっぱいになる小さな店だ。
薄暗い照明のもと、ヴァカンス帰りの客たちの笑い声やグラスを合わせる音、「クラフトビールお願い!」、低い女性の歌声などが混じり合う。
奥へ進もうとしたそのとき、カウンターで立ち飲みしていた人が、
「ママ!」
うそでしょう、どうしてここに⁉ 目を見開いて早口で叫びながら、その女性が私に抱きついてきた。驚いたのは、私のほうである。
ヴァカンス明けの肌と髪は日に灼(や)け、白目と歯が際立っている。シャワーだけ浴びて、夜も遅いのだから、と手に触れたものを引っ被(かぶ)るようにして出てきていた。
全身に太陽を吸い込みミラノに連れて帰れたようで、とても誇らしかったからだ。
抱きついてきたのは、顔馴染(なじ)みの常連客だった。ペルーから移住してきて、看護師として働いている。わかるでしょ私よ、と胸元の彼女に言うと、
「顔も髪もママとそっくり。もう少しこうしていてもいい?」
ぎゅうっと抱きついたまま、何も言わずにじっとしている。
※本稿は、『イタリア暮らし』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
『イタリア暮らし』(著:内田洋子/集英社インターナショナル)
イタリアにわたり40年余り。
ミラノ、ヴェネツィア、リグリア州の港町、船で巡った島々……。
暮らしながら観てきた、イタリアの日常の情景。
常に、新たな切り口でイタリアに対峙してきた内田洋子が2016~2022年、新聞・雑誌・ウェブに寄稿した文章から厳選。
ふだん着姿のイタリアが、ここにある。