あなたに母扱いされることもないのでは?
次の駅に着いて、私と声をかけてきた人が立つ前の座席がひとつ空いたのだった。
やぶからぼうに見知らぬ人から「おかあさん」と呼ばれて、疫病騒動で人慣れしていなかった私は戸惑った。
そもそもふだんから日本では、他人どうしが気安く声をかけ合うことはあまりない。
〈たしかに私のほうが年上かもしれないけれど、あなたに母扱いされることもないのでは?〉
心外ながらも私は礼を言い、喜んで座った。そうっと見上げると、30歳前後の男性だ。
健康そうで、替え上着にスニーカー、デイパック。しかも文庫本を持っている。マスク越しに笑って黙礼を交わす。
いくつ目かの駅で、では、と彼が降りていったときにやっと気がついた。