ジェーン・スーさんが『婦人公論』に連載中のエッセイを配信。今回は「無駄の価値」について。インスタグラムからおすすめされた見ず知らずの人の動画に大笑いさせられたスーさんが、あらためて感じたこととはーー。(文=ジェーン・スー イラスト=川原瑞丸)
人に生まれた醍醐味
年の頃は20代半ば? もしかしたら30代前半。細身の白人男性が、広いとは言い難い半地下空間で一輪車に乗っている。といっても、ペダルを前後させてバランスをとり、両足を地面から浮かせたまま留まっている状態。
彼の腰では蛍光緑のフラフープがぐるぐると回っており、当人はウクレレでTake That(1990年代に活躍したイギリスの男性アイドルグループ)のヒットソング「I want it that way」を弾き語っている。
それも、かなりテンポアップしたアレンジ。マルチタスクの遂行に必死で、楽しそうな姿が最高に愉快だ。インスタグラムがおすすめしてきた見ず知らずの人の動画に、私は大笑いさせられた。
「人間に生まれたからには、こういうことを楽しまないとな」とコメントを添え、彼の動画を自分のアカウントでシェアした。生産性や効率とは無縁の行為を心から楽しめる余裕こそが、人に生まれた醍醐味だと腹の底から思ったから。
彼の動画の背景には、数百枚のCDが納められた棚が見える。本人の所有物かはわからないものの、ウクレレが弾けることからも、音楽が身近にある環境で暮らしていると言えよう。
一輪車だって、一朝一夕に乗れるものではない。つまり、彼には音楽を聴き、楽器や一輪車の練習をする時間と心の余裕があるってことだ。