カウントダウンの勢いとノリで

しかし、問題はそれからだ。母は食べ物を飲み込んでくれない。好き嫌いをする幼児にそっくりだ。だが、口内に食べ物を溜め込むのが誤嚥の原因になるらしいので、飲み込んでもらわなければ困る。これが英国の保育園なら、「いーとーまきまき、いーとーまきまき」(ちなみに、英語では「Wind the Bobbin Up」という)の両手をくるくる回す動作をしながら、「ごくっと飲んじゃおう、ごくっと飲んじゃおう」と歌い、「カウントダウンするよー、5、4、3、2、1、ゼロー!」と言って大袈裟にごっくんと飲み込む動作をして、これまた勢いとノリで「嚥下」させるのだが、自分の母親を前に「いーとーまきまき」はさすがに気が引けるので、端折ってカウントダウンするところからやってみる。

ごっくん。はっきりと母親が口の中の食べ物を飲み込んだ音がした。

「音が聞こえたよー。でもホントに飲めたかなー、あーんしてもう1回お口の中を見せてくださーい」と見せてもらったら、本当にきれいに飲み込めていた。

絵=平松麻

この調子で、歌ったり踊ったりしながら大きな声でカウントダウンしつつ嚥下を促すと、ほんの数スプーンとはいえ、母は食べてくれるようになり、そのうち、わたしの「5、4、3、2、1」の声に合わせて、布団から自分の手を出し、2本や3本の指を立てたりして数を数える動作を真似るようになった。

「なんか、布団から手を出して2本指を立てるようになったんやけど、ホスピスで看護師さんに何かを伝えるときのサインなのかな? なんやろ、2番って」

妹が不思議そうに言っていたので、

「さあ、なんやろうかね……」

と知らないふりをしておいた。「ファイヴ・フォー・スリー・ツー……」と英語で言いながら指を1本ずつ折るジェスチャーを見せて説明するのが気恥ずかしかったからである。