19世紀に実在し、生まれた時から16年間ものあいだ地下の牢獄に監禁されていたドイツ人の孤児カスパー・ハウザーは、発見された時には一つの文章しか話せなかった。言語教育を受け、社会性を養っていくカスパーを題材にノーベル文学賞作家ペーター・ハントケが手掛けた戯曲『カスパー』。膨大なセリフの応酬から「言葉の拷問劇」といわれる本作にまっこうから向き合う寛一郎さん、「これが最初で最後の舞台になるかも」と語る理由とは?
構成◎丸山あかね 撮影◎初沢亜利
是非、挑戦してみたいと心が動いた
二十歳で俳優デビューしてから、映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』や『菊とギロチン』などで数々の賞を受賞し、昨年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では源実朝を暗殺する公暁役を演じて大きな注目を浴びた寛一郎さんだが、意外にも舞台は今回が初めてだという。
もちろん舞台を観たことはあったのですが、僕は舞台の見方を知らないのでしょう。どれもあまりピンと来なかったというか、とにかく舞台に立つことに興味がなかったんです。
ところが渡された本を読んでみたら面白くて。この作品は舞台でしかできないんだろうなと思った時に、舞台で演じる価値に気づいて挑戦してみようかな、是非、挑戦してみたいと心が動きました。今回、まっさらな状態で舞台に立てるのは幸せなことなんですけど、とにかく衝撃作すぎて。これを超える刺激的な作品に今後出会えるのかな? と思うほどなんですよ。なので、これが最初で最後の舞台になるかもしれません。
この戯曲になぜ強く惹かれたのかというと、僕自身が「言葉というものに興味があった」からだと思います。僕らは家族の中で、ごく自然に言葉を覚え、やがて言葉を介して友達を作ったり、さまざまな事象や社会というものを理解したりしていく。あたりまえのようにやってきたけれど、あたりまえではないのかと。そうか人間ってこういうルートを辿って作られていくのかという驚きがありました。自分がどうやって社会性を培ってきたのかなんて考えたことがなかったのですが、改めて考えてみると興味深くて。
コミュニケーションにおいては上手くいく場合ばかりではなく、だからこそ僕も含めて人は生きづらさみたいなものを感じる時があるわけですが、カスパーが言語を覚え、社会性を身につけていく過程には、人間社会の中での生きづらさを緩和するためのヒントになるようなことが鏤められている気がします。
ただ、一筋縄にはいかなくて。僕らは言葉を得ることで社会の枠にハメられて、感性を失い、自由を奪われているという側面もある。このことにも僕は気づかずにいたのですが、カスパーが教えてくれた気がします。