渡邊 光栄なことです。100mを普通の人とウサイン・ボルト選手が走るのでは、筋肉もひざの関節も使い方がまったく違うように、声が商売道具であるプロならではの、のどの使い方やケア方法があります。天童さんを診察すると、美しい声を維持するために、並々ならぬ努力をなさっているなと感じるんです。
天童 お客さまに歌を届けるのが私の仕事ですから。たとえば「ちょっと鼻声かな?」と思ったら、「な・に・ぬ・ね・の」という声を録音して確認しています。鼻声は「な行」の音に特に影響するので、いろんなパターンで「なー」ばかり発音して、できるだけ鼻声に聞こえない声の出し方を探すんです。
渡邊 たしかに「N」のつく音は鼻腔や口腔に響きやすいので、最適な方法だと思います。長く第一線で活躍なさっている背景には、そうした人知れない工夫がたくさんあるのですね。
天童 そしていよいよ危ないと思ったら、先生のところへ。内視鏡でのどを見てもらい、先生の穏やかな大阪弁で「大丈夫。すぐによくなりますよ」と言っていただくと、不思議と声が出るようになるんです。(笑)
渡邊 実は、のどは酸素や食べ物を取り込む、いわば生命維持に深くかかわる部位。そのため神経が敏感にできています。ストレスにも強く反応し、不安を抱えたり睡眠時間が短くなったりすると、のどがつっかえたり、声が出にくい、かすれるといった症状が表れやすいのです。
歌手の方は「本番で声が出なかったら」というプレッシャーが強いでしょうから、診察に来ていただいて安心材料をお渡しするのも私の仕事。正常に声を出すためには、なるべくストレスをためないことが大事ですね。