昆虫は他の花からの花粉を御土産に置いて

人間が大人になると結婚をして子孫をのこして行くように、植物も時が来ると繁殖の準備を始めます。長い冬が終って野や山が春めき立つ頃、一面の大地を埋めつくす美しい花花は、植物の御婚礼の晴衣装ともいえましょうか。貴女方も知っていらっしゃるように、花の中には雄蕊(おしべ)と雌蕊(めしべ)があって、雄蕊にある花粉が、他の花の雌蕊に運ばれることによって受精し、種子が出来るのです。

本稿が掲載された『婦人公論』昭和11年8月号

美しい花をつけている植物ではこの花粉の運搬を昆虫に頼んでいます。美しく咲きそろった大きな花を見、快い香りを訊ねて、昆虫達はいそいそと御客様になって飛んで来ます。花の御殿の奥座敷にはおいしい蜜が沢山用意してあってこの大切な御客をもてなします。昆虫は他の花からの花粉を御土産に置いて、又(また)帰りには雄蕊からの花粉を身体中に浴びて別の花へと飛んで行きます。

花にも色々種類があるように昆虫にも沢山種類があります。同じ昆虫でもそれぞれ好き好きがあって花によって来る昆虫の種類が違います。蜂は青い花が好きだし蝶や虻は明るい花に飛んで来ます。それで花の御殿の方でもお馴染(なじみ)の御客様に都合がいいように、外の飾りや匂いは勿論、御殿の中の構造もうまく作られています。大きい昆虫の来るチューリップや薔薇の花は大きいし、小さな昆虫の来る桜や梅の花は小さいのです。そして小さな花の咲く植物は花が沢山かたまって遠くからでも見えるようになっています。