2017年、世界最古の巨大建築物「クフ王のピラミッド」の内部構造を、素粒子によって画像観測したというニュースが話題になりましたが、科学技術はいまや考古学の分野にまでおよんでいます。一方、従来の歴史学では、科学や物理に反しているにもかかわらず「結論」「通説」としてまかり通っているものが少なからずあると話すのが、三井造船で船の設計に長くかかわり、著書『日本史サイエンス』シリーズがヒットしている播田安弘さんです。播田さんからすると、文禄の役での日本軍の進軍には大いに疑問があるそうで――。
李舜臣は日本軍の補給路に決定的な打撃を与えたのか?
秀吉の朝鮮出兵は計7年にもおよびました。個々の戦闘においては日本軍が優勢に進めることが多かったものの、結果的に勝敗がつかないまま終わったため、この戦争についてはさまざまなことがグレーのままになっています。
たとえば、◇◇の戦いはどちらの勝ちだったか、被害はどのくらいだったか、といったことについて韓国寄りの見解と日本寄りの見解にはかなりの乖離があり、研究者のみならず一般の歴史ファンの間でも、ときに激しい論争になっているようです。これまで両国の間にあった歴史的な経緯が、さらに議論を感情的にしているように思われます。
たとえば、日本軍の兵站がうまくいっていたかという問題ひとつをとっても、さきほど述べたように李舜臣によって日本軍の補給路は寸断された、というのが、李舜臣を英雄視したい立場からの主張です。
しかし一方には、別の立場もあり、たとえば日本軍の補給は2年戦えるほど備蓄があったので何の問題もない、などという主張もあるようです。ただ筆者としては、李舜臣が日本軍の補給路に決定的な打撃を与えたとは思えませんし、かといって、そこまで日本軍の補給態勢が万全だったとも到底思えないのです。