ディスレクシアの女性医師

ちょっとここで想い出話をさせてください。あれはぼくがアメリカのハーバード大学に留学していた1990年ごろのことです。

ボスであった医学部教授は、ある難病の原因とされる遺伝子を発見したことで世界的に有名な女性医師でした。

文書が読めないから読みあげてもらうだけ。自分が苦手なことはまわりの手を借りる(写真提供:Photo AC)

実は彼女には、医師、学者としては決定的ともいえる大きなハンディキャップがあったのです。

学習障害のひとつに分類されるディスレクシア(発達性読み書き障害)。

読み書きが極端に苦手という個性のために、彼女は文書をスムーズに読むことができないのです。とくに長い文書などはお手上げです。さて、どうしていたと思いますか?

教授のもとには毎日毎日、大量の書類がまわってきます。それは、もううんざりするほどに。

承諾のサインをするのに一枚ずつていねいに目を通し、理解していたのでしょうか。

ディスレクシアによって子どものころから苦労を重ねてきた彼女は、すでにその問題を解決していました。

書類を秘書や医局員に読みあげさせて、承知したらサインするのです。

彼女は医学部の授業でも、自身がディスレクシアであることを公言していました。

初めてその話を聞いたときは驚いたのですが、ほんとうのことでした。文書が読めないから読みあげてもらうだけ。自分が苦手なことはまわりの手を借りる。

それをあれほどさり気なくできていたのは、多様性を認めるアメリカ文化が背景にあったのかもしれません。ぼくがアメリカ留学で学んだ大事な教訓のひとつです。