薬をめぐる小さな戦い

父の主治医は、飲み忘れを防ぐため、日中に飲む薬を1包にまとめて処方してくれている。血圧を下げる薬、脳の血流を改善し、認知症の進行を抑える薬、血液をサラサラにする薬、胃粘膜を保護する薬など、1包に6個の錠剤が入っている。

2021年12月、父が認知症に認定された当初は、包の表面に「朝食後」と印字されていた。

朝の安否確認と朝食用のサラダと牛乳は、近くにいる義妹が仕事に行く前にセットしてくれている。父はパンをトースターで焼くことだけはまだできている。

ところが、それすらも面倒になる日があるらしく、朝食を食べたり食べなかったりと、生活リズムが崩れてきた。2022年の春頃から、薬を自発的に飲む日が急激に減ってしまったのだ。

私は昼前に一度父に電話する。

「朝ご飯、食べた? お薬、飲んだ?」

「あぁ、食べたし、薬も飲んだ」

ところが、夕方父の家に行くと、ラップをかけてあるサラダと牛乳が、そのまま食卓テーブルに乗っている。もちろん、薬は飲んでいない。私が指摘すると、父は言い返してきた。

「袋に〈朝食後〉って書いてある。もう夕方だから、明日の朝に飲む」

父は本当に口が立つ。言い合いは避けて、私は薬を飲ませる方法を考えた。そうだ、血圧を測って、数値を自分で確認させて説得しよう。血圧計を持って父が腰かけている椅子の横に立つと、案の定嫌がった。

「俺は、測らない。健康だから必要ない」

私は父の扱いに慣れてきたので、ここで反論せず、強引に事を進める。

「まあ、そう言わずに」

父の腕に血圧計をセットすると、最高血圧は170あった。

デジタル血圧計は、表示が見やすくて助かる。父は数値を見て、私のせいにした。

「お前が無理やり測るから血圧が上がったんだ。もう1回測ってくれ」

自力で下げるつもりらしく、深呼吸をして「いいぞ」と言った。しかし、血圧はほとんど変化がない。やっと高血圧であることを自覚したらしく、渋々薬を飲んだ。

薬を飲ませるだけでも、一筋縄ではいかない94歳のプライド高き男子。正直なところ、私は毎日結構疲れている。

血圧の薬を飲ませるだけでも、一筋縄ではいかない。(写真提供:写真AC)