撮影:浦田大作
前作『君の名は。』(2016年)が国内歴代2位の興行収入を記録したばかりか、海外でも評価を受け世界的に注目されるようになったアニメーション監督の新海誠さん。7月19日に公開された『天気の子』には、創作の原点となる幼少期の体験が影響しているそうです。(構成=丸山あかね 撮影=浦田大作)

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◆ロマンチストというより、ぼんやりとした子ども

これまでにも僕は、自然風景を数多く描いてきました。『ほしのこえ』(2002年)、『雲のむこう、約束の場所』(04年)など、タイトルに気象現象が出てくる作品もあります。『言の葉の庭』(13年)では雨の表情が大切な役割を果たしているし、『君の名は。』でヒロインの三葉(みつは)が暮らすのは大自然に囲まれた美しい町という設定です。なぜ自然にこだわるのか? という問いかけに対して一言で答えるのは難しいのですが、自分自身の生い立ちが色濃く影響しているのは確かだと思います。

僕が生まれ育った長野県小海町(こうみまち)は、山々に囲まれた高原地帯です。70年代は今よりもっと長閑(のどか)で、家の周囲には自然しかなかった。そんな環境のなかで僕がとくに夢中になっていたのは空でした。八ヶ岳の影響で風や気流が複雑なので空模様が刻々と変化して、毎日見上げていても飽きることがなかった。大きな空に生まれては消える雲、真っ赤に染まる夕焼け空、星が今にも降ってきそうな夜空……。ロマンチストというより、僕はぼんやりとした子どもだったんですよ。(笑)

将来の夢もとくになく、そもそも当時はアニメーション監督という仕事が存在することさえ知りませんでした。田舎なのでテレビ放送があまり入らなくて、アニメはNHKで放映していた『未来少年コナン』くらいしか観ていません。幼い頃から水彩画を描くことは好きでしたが、美大に進みたいというほどの自信があったわけではないし……。

明治時代から続く建設業を営んでいた父に「長男なんだから、おまえが会社を継ぐんだぞ」と言われていて、将来を決められてしまうのは窮屈だなと感じていたけれど、僕には帆高(ほだか・『天気の子』の主人公)みたいに家出をする勇気はなかった。美しい故郷から離れたくないという思いが強くて、立ち往生しているモラトリアムな時期が長く続きました。

結局のところ、大学に進学するために上京し、卒業後は東京の建設会社で修業して家業を継ごうと考えていたんです。実際、父の知り合いの会社から内定をもらっていましたが、入社直前に翻意してゲーム会社への就職を勝手に決めてしまいます。ゲーム会社に入ることにしたのは、楽しそうだなと思ったからですが、仕事を通して、絵と音をシンクロさせて映像を作ることにのめりこんでいきました。

やがて自分の物語を作りたいと考えるようになり、27歳のときに制作したのが『彼女と彼女の猫』という短編作品。CGアニメのコンテストで賞をいただき、28歳で会社を辞めてアニメーション制作への道を歩み始めたのです。