モブ子とモブ男の恋路
しかしながら、ただの女とただの男が作り出す恋のじれったさは、とてもいいものだ。折しも、海野つなみ『逃げるは恥だが役に立つ』が「ムズキュン」マンガ(およびドラマ)として大ヒットしたように、昨今の恋愛モノは、進展させるより遅延させた方が支持される。
とくに、恋愛のなんたるかを実地で知ってしまった大人女子たちにとっては、あり得ないほどプラトニックな恋愛の方がかえって萌えるとすら言えるだろう。
モブ子とモブ男の恋は、主役になんてなろうと思っていない人間の恋だ。キラキラした主役タイプの恋にしか興味がない人はその魅力に気づかないかもしれないが、モブにはモブの輝きがある。男女ふたりともが主役にならずしてうまくいく恋愛があるのか。
あるとしたらそれはどんなものか。それが『モブ子の恋』がやろうとしている思考実験であるとわたしは思う。
ちなみに、本作はまだ完結しておらず、物語は社会人編に突入している。大学院に進学した入江くんと、公務員として働きはじめた信子。
信子が地元に戻ったため遠距離恋愛をすることになったふたりが引き続き丁寧なやりとりをしているのを見ると、身の丈サイズの幸福が、実はとんでもなく尊いもののような気がしてならない。
モブらしさを徹底した先に待っているゴールを見届けるのがいまから楽しみだ。
※本稿は、『女子マンガに答えがある――「らしさ」をはみ出すヒロインたち』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『女子マンガに答えがある――「らしさ」をはみ出すヒロインたち』(著:トミヤマ ユキコ/中央公論新社)
もう「少女」を名乗れない私たちの、人生の答えはマンガにある! 不朽の名作から今が旬のマンガまで、幅広い作品中での女性たちの描かれ方を縦横無尽に語り、現代女性の欲望と生き方を探る。「おもしろい女」「たくましい女」「ハマる女」「嫌な女」……あなたに似た女が、マンガの中にはきっといる。