熊本のうちの前で濡れた土につるっとすべって尻餅ついたとか、東京の地下鉄の階段で踏み外したとかなら、おっとしまったで終わるのに、あの異国の冷たい舗道でべしゃっと転んで這いつくばったとき、そんな、宇宙規模の、あるいは自分の存在を根本から疑うような、宗教的な、もしかしたら哲学的なことを考えてしまったのである。

昔々のことであります。末っ子トメが10歳ぐらいだった頃。サンフランシスコの坂の急な道を歩いていてすっ転んだことがある。ところがトメは合気道をやっていたので、とっさに受け身でくるんと、あまり速かったのでどう動いたかわからなかったが、次の瞬間、まっすぐに足を下に立っていた。

真ん中のサラ子も合気道。今は四段で、カリフォルニアの教室の(若頭)みたいな立場にいる。この間高齢の女から「この頃よく転ぶので、転び方を教えてくれ」という依頼があって、個人教授をやったというのを聞いて、ソレだ、と思った。

やっぱりアメリカ文化の人たちは老いに関しても積極的だ。筋肉を鍛え、バランス力を高めるための合気道、ヨガに筋トレ、なんならズンバでもいい。


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米国人の夫の看取り、20余年住んだカリフォルニアから熊本に拠点を移したあたしの新たな生活が始まった。

週1回上京し大学で教える日々は多忙を極め、愛用するのはコンビニとサイゼリヤ。自宅には愛犬と植物の鉢植え多数。そこへ猫二匹までもが加わって……。襲い来るのは台風にコロナ。老いゆく体は悲鳴をあげる。一人の暮らしの自由と寂寥、60代もいよいよ半ばの体感を、小気味よく直截に書き記す、これぞ女たちのための〈言葉の道しるべ〉。