窓外の眺めにうっとり

M氏からマンションの設備などについて一通り説明を聞いた後で、いよいよ内見です。私の希望する間取り(2LDK)の部屋と、家具の置いてあるモデルルーム(3LDK)を見せてもらいました。さらに感動! モデルルームは7階なので、目の前を遮るものは何もありません。気持ちいい抜け感です。窓外の眺めにうっとりしていると、M氏いわく、「向かいの山は、いまは緑ですが、秋になったら、紅葉で赤やオレンジ色になりますよ。もちろん冬は、白い雪景色になります」。雪景色! ああ、そそられます! 額縁のように素晴らしい眺望です! この立地ばかりは、東京では買えません。

「すごい、良いですね~。ここに住んだら、毎朝、起きたら、この景色が見られるんですよね~」。借景になっている小山は公有地で、再開発されたり建物が建ったりする予定はないので、安心していい、とのこと。お日様とともに目覚めて、この借景を見ながらコーヒーを飲み、原稿を書く――なんてかっこいいんでしょう!と、勝手に妄想してしまいました。取材の時だけ東京に出掛け、原稿はY市に帰って書けば良いのです。マンションのすぐ近くには、城址公園や川べりの遊歩道もあります。朝、そうした近所でジョギングとかウォーキングをして、そのあと、借景を見ながら優雅にコーヒーを飲む――きゃあ~ステキ!と、内心、勝手に盛り上がってしまいます(あほか、ですが)。

M氏は、物件の魅力だけでなく、Y市の良さについても、たくさんレクチャーしてくれました。たっぷり3時間。すっかり、気持ちはこの物件に持っていかれています。実のところ、Y市には仕事で何度か、それぞれ1泊で来たことがあるだけで、住んだことはありません。東京からY市へ移住した男友達が1人いますが、ほかに知り合いはいません(まあでも、その男友達が、こんなところイヤだ!って帰って来ずに、根を下ろして生活しているのですから、Y市は良い街なのでしょう)。これって、いきなり、旅先で一目惚れした男性と結婚を決めるみたいな話です。良いのか、私? いきなりこんなに盛り上がっちゃって。

問題はお値段です。「こちらになります」と、M氏が価格表を見せてくれました。なんと! 希望の66平米の部屋でも、4000万円台半ば。予算内です。新築なのに。こんな良い立地なのに。これなら買えます(もちろん、ローンが通ればですが)。しかも、ちょうど今、他社の新築マンションの分譲が始まるタイミングで、少しならば「勉強」してもらえる、とのことでした。どうしましょう! 都内の希望エリア外の古いマンションか、身内もいない地方都市の新築マンションか――究極の選択です。ずっと片思いをしていたけれど年を取った憧れの人か、出会ってすぐ恋に落ちた、まだよく知らない若い相手か。熱にうかされるようなこの感じは、危うい気もします。

ただ、貸せないのは困ります。その点をM氏に聞くと、賃貸も心配ないと請け合いました。実は住民の中に、家庭の事情で住めなくなり、もう賃貸に出した人がいるそうです。「けっこう強気な金額で募集をかけたのですが、すぐに借り手がつきました」と言います。貸せるマンションならば、万一、尻尾をまいて東京へ戻ることになっても大丈夫です。

とはいえ、さすがに、この金額の買い物をその場で即断即決はできません。昼間は見たので、朝や夜、もう一度見に来て、マンションの周囲や街の、雰囲気や治安を確認しないと。そもそも、Y市に住みたいかどうか、熟慮する必要もあります。実家からはすごく遠くなるので、親や妹にも相談しなくちゃいけないでしょう。M氏からは、購入するかどうかは、「今月中に結論をいただければ」と、比較的ゆっくりめの返答期限をもらいました。悩みどころです。「ほんと、この景色は良いですよねえ~」と、後ろ髪をひかれながら、マンションを後にしました。