自然現象の火事は自然な鎮火を待つべき?

火事の頻度で優占する植生が変化するという点は重要である。火事の破壊的な面が強調され過ぎて、防火対策が過度に進むと、現地の環境に適応した本来のプロセスが歪められ、自然な動植物の生態系が変質しかねない。

そのため、火事によって維持されている自然植生にとって、自然現象としての火事を消すことは、環境保護の立場からは必ずしも推奨されるものではない、との意見がある。

両者のバランスを取る難しさを示す例を挙げよう。カリフォルニア州のイエローストーン公園は、1872年に公園に指定されて以降、火事の発生を防止し、発生した火事は懸命に消してきた。しかし、1972年からは自然の営みにはできるだけ関わらないようにするために、自然発火した火事は原則として消火せず、自然に鎮火するのを待つという方針に変わった。

その結果、1988年の大火災では公園の半分以上が焼失してしまった。自然保護を実践するあまり、火災が公園の外の住宅地に近づくころには手がつけられなくなって、住宅が次々と焼けてしまった。

モンゴルの首都ウランバートルの西80キロメートルにあるフスタイ国立公園の山頂付近に広がるカンバ林は、自然条件に加えて、住民の利用による火事で維持されていた森林である。しかし、国立公園になって牧民による利用が制限されて火事が起こらなくなったため、カンバが更新できなくなった。

現在は老齢化で、ほとんど全山のカンバ林が枯死していっている。「フスタイ」はモンゴル語でカンバを意味するが、そこからカンバ林が消えると、跡地は草原になってしまう。

フスタイ国立公園の全滅したカンバ林(『森林に何が起きているのか――気候変動が招く崩壊の連鎖』より)