火事が担う重要な役割
林床(りんしょう)に枯れ葉や枯れ枝が堆積したものを「リター」と呼ぶが、リター層が火事で燃えると、基岩が風化しただけで有機物をまったく含まない鉱物質土壌が現れる。そこは水分や光条件が種子の発芽に適しているし、リター層の中にいた菌類がいなくなるので、発芽直後の苗木が病気に罹らないですむ。
火事による地表の攪乱は種子の発芽・定着を容易にし、天然更新が促進される。今も牧民たちの利用は細々と続いているが、火事跡植生のカンバ林を再生させるには、もっと大規模に木も草も焼けてしまわなければならない。
現地でフィールドワークをしていた当時、公園の管理事務所に、山の上の枯れかけているカンバ林の更新を山火事で促進したいと相談を持ちかけたが、技術的な難しさもあって、丁寧に断られてしまった。
火入れを含めて、火事を生態系の自然現象として受け入れるかどうかは地域の文化や住民生活の安全と直結する大きな課題である。そのため、今後も論戦は続き、消火活動はその都度、時の意向に振り回されることだろう。
※本稿は、『森林に何が起きているのか――気候変動が招く崩壊の連鎖』(中公新書)の一部を再編集したものです。
『森林に何が起きているのか――気候変動が招く崩壊の連鎖』(著:吉川 賢/中公新書)
2019年、オーストラリアで史上最大級の森林火災が発生。5ヵ月間で17万平方キロメートルもの国土が焼失した。近年、温暖化の影響による森林の「異変」が世界中で観測されている。大規模火災が相次ぐのはなぜか。森林破壊がもたらす経済的影響は。豊かな自然を守るため、何をすべきなのか――。本書は、森林生態系のメカニズムから、日本の里山の持続可能な保全策まで、森林科学の知見を第一人者が解説。実効的な気候変動対策を論じる。