今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『あえてよかった』(村上しいこ著/小学館)。評者は書評家の東えりかさんです。

子どもも大人も「うまくいかない」気持ちは同じ

仲の良かった夫婦にとって伴侶の死は越えがたい苦しみである。58歳の小野大地は、妻の美月を半年ほど前に亡くした。その衝撃から立ち直れず、家を売り仕事を辞めた。夜になると小さなアパートから三日月を見つめて、亡き妻と会話することだけが生きがいだ。

美月は子どもを育てるのが夢だった。生前叶わなかったその望みを大地に何らかの形で叶えてほしいという。早くあの世で美月と会いたいと願う大地は、それまでの間、と区切って「放課後学童指導員」の補助として働くことを決めた。

介護施設に併設された学童保育所「キッズクラブ・ただいま」に採用されたが、小学1年生から6年生まで68人の子どもたちを前に、名前さえ覚えきれず、自分が小学生のころとの違いにただおろおろするばかり。

同僚は4人。施設長の唐木朋子は心に屈託を抱えている様子。笑顔がなく規則に厳しい。田名瀬葉子はふんわりとした雰囲気で1年生の女児に人気がある。矢沢真理は以前、児童相談所の心理士だった。30代の星野海は女子たちのお姉さん的存在だ。幼い子を保育所に預けて働いている。

彼女らの愛情に多寡はないが、考え方や対処の仕方には大きな違いがある。ただ1人の男性でもともとは調理師。最年長なのに新米の大地には、子どもたちの心理どころか同僚の気持ちもよくわからない。

毎日のように子どもたちのリアルな悩みごとに向き合い、トラブルに巻き込まれ、対処が難しい騒動が次々と起こる。親たちからの無理難題にも振り回される。だが時間とともに、大地は子どもたちとの距離を測り、彼らの役に立つことに誇りをもつようになっていった。

学校と家庭の中間にある学童保育所が舞台という設定が秀逸だ。実力派の児童文学作家が大人向けに描いた子どもたちの姿は、まさに「今」を映す作品となっている。