(写真提供:photoAC)

「あれ?」

 ガラガラと音を立てて開くはずのシャッターは、力を込めてもぴくりともしなかった。

 建てつけが悪いせいかと思ったが、明日美の力に断固逆らわんとするシャッターの意志らしきものを感じた。鍵を開けたつもりが、閉めてしまったようである。

 つまり、もともと開いていた?

 それもそうか。倒れていた父を発見したのは、きっと外部の人だ。鍵を持っているはずもなく、防犯のために表のシャッターだけを下ろして帰ってくれたのかもしれない。

 今度こそ鍵を開け、シャッターを引き上げる。ところどころ錆びており、重たい上に音がうるさい。なんとか上まで上げた先は、腰高窓のついたアルミの引き戸だ。窓越しに、薄暗い店舗が窺える。

 L字型のカウンターに、背の高いテーブルが三つ。片隅にホッピーのケースが積み上げてあるのは、混雑時にテーブル代わりにするためだろう。突き当たりの暖簾をくぐれば、二階へと続く階段がある。

 火の気も人気(ひとけ)もない居酒屋は、必要以上に薄暗い。壁一面に貼られたお品書きの文字は、父のものではなかった。あれは、誰に書いてもらったのだろう。

 梅雨明け宣言はまだ出ていないが、七月の太陽がじりじりと、明日美のうなじを炙っている。乾かすのが面倒で、髪はもう長いことショートカットだ。熱を持ってきたうなじを撫でながら、こんなところでぼんやりしている場合ではないと気づく。

 この界隈には、昔の知り合いが多いのだ。なるべくなら、顔を合わせたくはない。意を決して引き戸に手をかけてみると、やはり鍵はかかっておらず、滑りは悪いながらも横に開いた。

「お邪魔します」と、誰に言うともなく呟いてしまう。

 店舗の床は土間になっており、中に入ると足元がひやりとした。二階へと向かう前に、カウンター越しの厨房にある、業務用の冷蔵庫に目を遣った。

 あの中には、日持ちのしない食材が入っているはずだ。父は当分戻れないだろうから、放っておけば腐ってしまう。次の休日にでも、整理をしに来るべきか。あいにく今日は十一時から、コールセンターのシフトが入っていた。

 今後はこうやって自分の時間が、父の「後始末」のために削られてゆくのか。昨日の段階で医師からは、回復しても体に麻痺が残ると聞かされている。そうなればこの店の始末も、明日美の責任でやらねばならない。

 父の容態を心配するより、面倒なことになったという思いのほうが強かった。そんな自分はきっと、冷たい人間なのだろう。ますます憂鬱になって、「あーあ」と声に出してため息をつく。

「もしかして、明日美さん?」

 思いがけぬ近さから名を呼ばれ、危うく飛び上がりそうになった。

「えっ!」と首を巡らせてみると、カウンターの中に女が一人佇んでいる。なにもないところから突然現れたわけではない。さっきまで床にしゃがんでいて、明日美からは死角になっていたのだろう。