精神科医の斎藤環さんとキャリアカウンセラーの小島貴子さん(撮影:藤澤靖子)
2019年6月1日、東京都練馬区で元官僚による長男刺殺事件が発生した。46歳の長男はひきこもり傾向にあり、家庭内暴力もあったという。事件の4日前には神奈川県川崎市で、登校中の小学生ら20人が死傷する児童殺傷事件が起きていた。練馬区の事件は、川崎市の事件を知った容疑者が「(長男も)他人に危害を加えるかもしれない」と危惧して殺害に及んだと報じられている。ひきこもりの長期化、高齢化が深刻度を増すなか、親はどうすべきなのか。事件直後にひきこもりの現状に詳しい専門家の精神科医の斎藤環さんとキャリアカウンセラーの小島貴子さんが、そのヒントを探った記事を再掲する。(構成=古川美穂 撮影=藤澤靖子)

自責と他責の悪循環のなかで

小島 私は就労に困難を抱える若者や中高年の支援に長年携わってきたので、今回の事件で「ひきこもり」という視点からのコメントをあちこちから求められます。でも“犯罪者予備軍”的な感覚でいたずらに危機感を煽るようなものもあり、お断りすることも多いのが現状です。

斎藤 こうした事件が起きたときに、最初にするべきは被害者への追悼と、家族への寄り添いです。ところがそれもせず、川崎の事件では犯行の所要時間をストップウォッチで計ってみせるなど、首をかしげざるをえないような報道も多いですね。

小島 はい。事件をショーのように消費している番組や記事も見受けられます。被害者の視点や再発防止の観点も欠けている。

斎藤 一般に日本のマスコミは少しでも「非社会」的なものを嗅ぎ取ると、すぐ「反社会」に結びつけようとする傾向があります。この場合は「ひきこもり」と「犯罪」。たとえば川崎の殺傷事件では、「容疑者の部屋でテレビとゲーム機が発見された」と速報テロップまで入りました。

小島 今どきテレビとゲーム機なんてどこにでもありますよね。

斎藤 オタクだと言いたかったのでしょうが、自室に大量のビデオを所有していた宮崎勤の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の文法をなぞっているだけです。私はむしろ51歳の部屋なのに何もなさすぎると感じました。娯楽で身辺を固める経済的な余裕すらなかったのではないか。

小島 何でも「ひきこもり」とひとくくりにして論じてしまうのも疑問ですね。川崎事件の容疑者と、練馬事件の被害者の方にさほど共通点はありません。しかも両者ともかなりアクティブな一面もあって、私や斎藤先生が支援の現場で出会うような、純粋なひきこもり事例とは少し違うとも感じましたし。

斎藤 私が今回のことで強調したいのは、「家庭内暴力」の延長線上に「通り魔的な暴力」があるわけではないということです。このふたつは方向性がまったく違う。現在のひきこもり人口は約100万人という内閣府の統計があります。しかしそれだけの当事者がいながら、明らかにひきこもりの人がかかわったという犯罪は数件しかない。特に無差別殺人のような重大犯罪は今まで見たことがありません。ひきこもりは決して犯罪率が高い集団ではない。

小島 同感です。私が直接知る限り、いわゆるひきこもりの方は総じて攻撃的ではなく、小動物のようなおとなしい印象の人が多いですね。家庭内に限って暴言や暴力をふるうケースはときどきありますけれど。