「お前は悪くない」言い切った彼の怒り

「バカじゃねぇの、お前」

怒りを含んだ声に、思わず身構える。しかし、彼が続けた言葉は、思いがけないものだった。

「何でお前が汚いんだよ。そんなわけねぇだろ。アホか。お前が望んだことじゃなくて、無理矢理されただけだろ。お前の親は正直マジでクソだと思うけど、お前は何も悪くないだろ」

“お前がこうさせたんだ”

父の言葉が、脳内で自動的に再生される。信じたいのは、目の前にいる幼馴染の言葉の方なのに。なぜか、父の声の方が圧倒的に大きくて、思考がそちらに引っ張られる。

「でも、お父さんが私のせいだって……私が……」
「お前はひとつも悪くないって言ってんだろ、バーカ!!」

よく通る声が、空気を震わせた。いつの間にか背中に回された腕が、私の体を締め付ける。彼も父と同じ性別の人間だとわかっていたが、不思議と不快ではなかった。

その後、教師や警察を頼るよう散々説得された。しかし、私は頑として首を縦に振らなかった。父の人脈や母の外面の良さを考えると、私の訴えをまともに聞いてもらえるとは思えなかった。頑なな私の態度に嘆息した彼は、しばし思案したのち、こう言った。

「俺の部屋1階だから。窓の鍵、開けておくから。しんどくなったら、いつでも逃げてこい」

最初は、ただの気休めだと思った。そんなことを言いながら、いざ本当に頼ったら、どうせ迷惑そうな顔をするんだろう。そう思っていたのに、彼は約束通り、窓の鍵を開けておいてくれた。そして、少し高さのある窓によじ登る私に、いつだって手を貸してくれた。

はじめて彼の部屋を訪れた時、迷惑そうな顔をするどころか、ホッとしたような顔をしていたのが少し気にかかった。でも、私はそれをすぐに忘れた。私はいつだって、自分の痛みには敏感で、それ以外の痛みには鈍感だった。