見なかったことにした2行の手紙

衝撃的な手紙が届いたのは、そのシーズンオフのことです。

もうやめてください。
顔も見たくありません。

書かれていたのはその2行だけ。差出人は男性でした。球団に届いたファンレターやプレゼントは各選手のロッカーに配られるのですが、見た瞬間、「うわっ」と声が出そうになりました。いつもは「頑張ってください」とか「同封の色紙にサインをお願いします」といった内容のものが多いので、衝撃的すぎて……。

「見なかったことにしよう」

とっさにそう思いました。打ち明けたのは妻くらい。ほかはだれにも言いませんでした。こんなふうに話せるようになったのは、一軍の先発ローテーションに定着してからのことです。

「あの人は今、どう思ってるんやろう?」

2004年11月、自由獲得枠で阪神への入団を決めた(写真:『#みんな大好き能見さんの美学(ポーカーフェイスの内側すべて明かします)』より)

たまに、そんなふうに考えることはありましたが、ずっと頭の片隅に……というほど気にはなりませんでした。

その後、同じ方から手紙は届いていないと思います。名前を記憶しているわけではないので定かではありませんが。そんなに執念深い性格ではないのでね。

翌年から結果が出始めたので、その手紙が奮起の材料になったのかと聞かれることがありますが、それは違います。飛躍のきっかけはほかにありました。

差出人の男性は、僕のふがいない姿に腹が立ったのでしょう。嫌がらせなら何通も届きそうなものですから、ずっと応援していたのに裏切られた、という気持ちだったのかもしれません。たった2行とはいえ、それを書いて、封筒に入れて、切手を貼って、球団事務所の住所を調べて投函する……というのはよほど腹に据えかねたのだと思います。

08年オフの出来事なので手紙という手段でしたが、今の時代であれば、きっとSNSに投稿されて、あっという間に拡散されたに違いありません。SNSにはその怖さがあります。