演劇人、串田さんの原風景は何なのか。以前、疎開中に村芝居を観て強烈な印象を受けた、と聞いた。
――そう、2歳の時に山形県の新庄のかなり上のほうにある荒小屋やというところへ疎開。終戦から2、3ヵ月後、近所の農家のおばさんに連れてってもらった、多分その土地の地歌舞伎だと思うけど、掛けの小屋に裸電球がボンボンとぶらさがってて、それが眩しかったし、素朴な衣装だったけど、ぞろぞろ出てくる歌舞伎の「だんまり」みたいなのが鮮烈な印象だった。
その風景が映像としてずうっと脳裏に刷り込まれてるから、3歳でもそれが転機かもしれない。
芝居っていうと、立派な劇場でただ黙って観るだけじゃなくて、ゴザの上で食べたり飲んだりして、ウワァーッとか言いながら観る雰囲気が何度も僕の頭の中をよぎるんだよね。
だから六本木の地下の小さな空間でも、芝居をやるにはここで十分と思ったし、のちにコクーン歌舞伎を作る時も、そんなふうなゴザの上に座ってワイワイ見物する、原点に戻ろうという発想から始めた。僕は芝居って、お客さんとの対話だと思っているからね。