「真ん中の私はふたりに挟まれて、いつも『あら、いたの?』って疎外感があったのよ」(安田さん)

由紀 赤ちゃん時代が私の黄金期とも言えるわね(笑)。でも私は、歌が上手なお姉ちゃんにずっと憧れていたのよ。

安田 あら、そうだったの?

由紀 飛行機工場の工場長だったお父さんの転勤先で、ひばり児童合唱団に入団したのも、お姉ちゃんが通っていたからだもの。でも、全然お姉ちゃんに追いつけなくて……。

そもそも声が違う。みんながお姉ちゃんを「鈴を転がすような声」と褒めるから、「じゃあ、私は?」と聞くと、「う~ん」と黙るの。それはそれは屈辱的だったわ(笑)。挙句の果てに「味があるかな」なんて言われて。

安田 そうは言うけれど、あなたは小学1年生の時にオーディションに受かって、童謡歌手として活動するようになったじゃない。

由紀 それも、先にデビューして活躍していた、お姉ちゃんの背中を追いかけたのよ。

安田 芸能事務所のようなものがない時代だったから、お父さんはレコード会社の人に「奥さんはお子さんにかかりっきりになりますよ。家のことは大丈夫ですか?」と釘を刺されたとか。後々、「『大丈夫です』って答えちゃったからなあ」ってぼやいていたけれど(笑)。でも、お母さんが家にいない時は、お兄ちゃんが料理に洗濯、掃除までしてくれていたのよね。

由紀 会うと、「俺が頑張ったから、お前たちが活躍できたんだぞ」って笑いながら言ってくるけれど、お兄ちゃんには感謝しかないわ。

安田 男が家事をすることが珍しかった時代に、率先してやってくれていたんだもの、ありがたいことです。ピアノも上手だったし、音楽をとても愛している人だから、心から応援してくれたのだと思うわ。