友達の前で涙が止まらない
待合室に戻った私は、しーちゃんの顔を見ると泣けてきた。父は私を心配して顔を覗き込んで聞いた。
「久美子、どうした? 何かあったのか?」
私はハンカチを取り出して、左手で目頭を押さえながら、父の手に私の右手を重ねた。
「大丈夫だよ。コンタクトレンズを入れているから、エアコンの風が強いと、目が痛くなって涙が出るの」
私がそう取り繕うと、父らしい答えが返ってきた。
「痛いのか? かわいそうに。目の悪い人は大変だな。俺は目が良いからコンタクトレンズを入れたことがない」
そして父は、しーちゃんに顔を向けると得意げに言った。
「視力は1.0だし、耳は補聴器を付けなくてもよく聞こえて、どこも悪いところがないんですよ」
オーマイ・ダッド! この状況で健康自慢をするの?
父らしさを取り戻した発言に、しーちゃんと顔を見合わせて笑った。おかげで私の気持ちはちょっと落ち着いてきた。
しかし、父が隣にいるのでしーちゃんと話しにくい。
父に伺いを立てた。
「しーちゃんと売店にジュースを買いに行くから、ここで待っていてほしいの。パパも何か飲む?」
「行っておいで。俺は何もいらない。コーヒーがまだ残っている」
「じゃあ、すぐ戻るから、その椅子から絶対に動かないでね」
父が歩き出さないか心配で、振り向いて確かめながら売店に向かい、しーちゃんにさっき診察室で言われたことを伝えた。しーちゃんは医師らしく冷静に受け止めつつも、自分の経験談を織り交ぜて話してくれた。
「その言い方はないわよね…‥ただね、私の叔母は、病院で勝手に歩いて骨折して、それきり寝たきりになっちゃったわ。転倒は、本当によくあるの。患者さんを縛って拘束することはできないから、病院は入院を受け入れられないのよね」
私はなかなか涙が止まらなくて、鼻をすすりながらしーちゃんに胸の内を吐露した。
「父のことは好きだし、大切に思っているけれど、ご飯を食べさせるだけでも何時間もかかっていると、自分の仕事も生活も成り立たないの。介護を放棄するとかではないんだよ。食べられるようになったら、家でも面倒を見られるかもしれないし」
しーちゃんは優しく慰めてくれた。
「よく頑張っているのは、わかっているよ。だから、自分を責めないで」