イメージ(写真提供:Photo AC)
高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、94歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。

前回〈94歳、認知症の父が、食事や水を摂らずに弱り始めた。嫌がる父を病院へ連れて行ってみると…〉はこちら

自力で歩ける父は、入院を拒否された

私には中学時代から50年以上ずっと仲良くしている、「しーちゃん」という友人がいる。彼女は職業が医師な上に、親御さん以外にも90代の叔母さんたちの面倒を見てきた経験があるため、これまで随分相談に乗ってもらってきた。

しーちゃんは、その日非番で、私の父の通院がなければ一緒に日帰り温泉に行く予定にしていた。しーちゃんは父のかかりつけ医が紹介してくれた病院の近くに住んでいるので、行けなくなった事情を電話で話すと、待合室にサンドイッチとコーヒーを持って来てくれた。しーちゃんは、父にサンドイッチを勧めている。

「お父様、朝から何も食べていないのでしょう? 一口でもいかかがですか?」

「いいえ。私はおなかが空いていないので遠慮します」

父は丁寧にサンドイッチを断ったが、好きなコーヒーは受け取り、口に運びながらしーちゃんと雑談を始めた。昔から知っている人と話す時の父は、若い頃の輝きを取り戻したみたいに、表情が明るくなる。
そして、認知症とは思えないほど鮮明な記憶を基に、思い出話を始めた。

「しーちゃんは、中学の時にうちに遊びに来たことがありましたね。確かセーラー服を着て、おさげ髪でかわいかった」

しーちゃんは、まるでいつも私の父と会っていたかのように、打ち解けた口調で受け答えしてくれた。

「そうでしたよね。私たちの学校はセーラー服でした」

父は自分の記憶が間違っていないことに自信を持ったらしく、ニコニコしている。

しばらくすると、なぜか私だけが診察室に呼ばれた。しーちゃんに父を見ていてもらうことにして、私は一人で診察室に入った。

初めて会う年配の医師は、私を患者の椅子に座るように指示し、ものすごく不機嫌な声で言った。

「紹介状に、食べられなくなっているから点滴で栄養補給してほしいと書いてあるけど。アルツハイマー型認知症なのだね。うちは、そういう人は入院させないから」

私はいきなり予想外の言葉を言われて、非常に動揺した。

「え? かかりつけの先生が紹介してくださったので、受け入れてもらえると思っていました」

「認知症でも、車椅子なら考えることもあるけど、お父さん、歩けるんでしょ? そういう人は家に帰ろうとして歩き回り、転んで怪我をする。うちの病院は、転倒を未然に防ぐほど人員に余裕がないの。ほかに行って」

茫然としている私に、追い打ちをかけるように医師は言った。

「人間、いつまでも元気でいられる訳はないのだから、仕方がないでしょう」

私は縋りつくように、医師に食い下がった。

「父が衰弱していくのを見ていられなくて、食べられる習慣が戻るまで、栄養補給の点滴をしてもらえたらありがたいと思って来たのですが」
 私の言葉が、火に油を注いだようだ。
「食べられないからといって、治療する必要があるの? お父さん、94歳でしょ。家族が疲れたなら、認知症を受け入れている精神科に短期入院させて、休めばいいでしょ」

私には厄介払いのようにしか聞こえなかった。