父は頑なに入院を拒否した

売店から戻り、父としーちゃんと3人で会計の順番を待っていた。すると診察室から私を呼ぶ声がする。慌てて診察室に行くと、先ほどの冷たい対応をした医師が言った。

「お父さんを入院させてくれそうな病院の院長に、電話で頼んでおきましたから、会計したら紹介状を受け取って、診療時間内に着くように、すぐに行ってください」

「すぐですか…‥」

予想外の展開に戸惑いながら、私は礼を言って診察室を出た。

渡された紹介状の宛名をしーちゃんに見せると、彼女の叔母さんが入院していた病院だから、よく知っているので同行してくれるという。

朝から食事抜きで2ヵ所の病院に連れてこられた父は、疲れの色が見え始めた。無理をさせるのはかわいそうだが、医師にすぐに行くように言われたため、3ヵ所目の病院に3人で向かった。

その病院では、医師をはじめ、医療スタッフがみんな父に優しく接してくれる。思ったより父は抵抗感がない様子で、車椅子に乗せられて検査室に入っていった。

80歳を過ぎてから父は、内視鏡で切除できる程度のものだったが、胃がんと食道がんの手術をしている。それらが再発して食欲に影響しているのではないかも、チェックしてくれたようだ。検査が終わると、父と私は診察室に呼ばれた。

担当の医師は丁寧な言葉遣いで、父に話しかけてくれる。

「内科の検査結果は、特に悪いところはないですよ。でも、食べられるようになるまで、少し入院して、元気になるように治療しませんか?」

父はきっぱりと答えた。

「嫌です。私は歩けるし、元気なんです。絶対に入院しません」

気長に説得してくれる先生に対して、父は同じ返事を繰り返す。

結局、本人が同意しないのに無理に入院させると、帰ろうとして転ぶ可能性があるから受け入れられないと、前の病院と同じ結論に達してしまった。

父は94歳になっても、杖をつかずに歩けることを誇りにしていた。私は父を時々買い物や外食に連れて行き、歩く能力を失う日が来るのを先に延ばせるように仕向けていたつもりでいた。

しかし、認知症が進んでも、歩けることで要介護の認定は低かったし、今回のように入院も断られる。私が守ってあげたかった「最後まで自分の足で歩く」という父の誇りなんて、何の意味もなかったのではないだろうか。