『わたしがわたしであるために』著◎E・ロックハート 訳◎杉田七重

 

魅力溢れるダーク・ヒロイン

2017年の刊行時、全米でベストセラーとなった本書は、目下、世界25ヵ国で翻訳が決定しているという大注目の新世代サイコ・スリラーだ。

物語は18歳の少女、ジュールがひとりで豪華なホテルライフを過ごすシーンから始まる。しかしジムで話しかけてきた女性にジュールは「イモジェン」と違う名を名乗り、バーテンダーから自分のことを嗅ぎまわっている女がいると聞かされると、あわててホテルから逃げ出してしまう。まるで映画を観ているような幕開けだ。

潤沢な資金のもと、他人になりすまして、ホテルを転々としているその少女はいったい何者か? なぜ追われる身になっているのか? 次々と投げ出される謎に惹きこまれ、読まされてしまう。ストーリー展開が現在から過去へと、時系列が逆に進んでいくのもサスペンスフルだ。少しずつ、ジュールのわけありの境遇、友人「イモジェン」との関係、そして空虚な思いを抱え、社会の底辺でもがいていた様子が明らかになっていく。

終始、脳内では映像化されっぱなしだった。セレブになりすます、というところですぐに浮かんだのがA・ドロン主演の名画『太陽がいっぱい』だ。過去の自分を捨て、別の人生を生きるジュールは、R・ベッソン監督『ニキータ』の美しき殺し屋、孤高のヒロインを彷彿させる。

この物語の魅力はジュールというダーク・ヒロインの創出だろう。逃避行中も身体を鍛え続け、体力と知恵で窮地を乗り越えていく。危なっかしいが目が離せない。そして「こうくるか」と思わせる意外な結末──読み手のそれぞれの脳内では映画化決定、主演女優、ジュール役のオーディションがはじまっているはずなのである。

 

『わたしがわたしであるために』
著◎E・ロックハート
訳◎杉田七重
辰巳出版 1800円