お互いに認め合える場を設けた

「日本代表のキャプテンをやってほしい」

 2012年3月、東芝ブレイブルーパスの本拠地近くの分倍河原駅近くのカフェで、廣瀬はエディーから打診を受ける。

廣瀬は日本人として、どのように多国籍の選手たちを一つのチームとしてまとめたのだろうか(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

当初エディーは日本人中心のチームづくりを模索していた。招集された代表メンバーもリーチ以外は日本人選手だった。そのメンバーでアジア5カ国対抗や、フィジーやサモア、トンガと争うIRBパシフィックネーションズカップを戦った。この時期にチームの土台ができたと廣瀬は感じている。

「チームとして一貫していたのは、仲間を大事にすること。ハードワーク。この根っこを代表のコアメンバーで共有できた。うまく言葉にはできませんが、自分たちはこういうチームなんだという意識が生まれた。そのベースに海外出身の選手たちが溶け込んでくれた。こうしたプロセスがよかったのかもしれませんね」

廣瀬たちは海外出身選手たちをどのような形でチームに受け入れていったのか。

「お互いに認め合える場を設けたんです」と廣瀬は答える。

東芝では試合前日のミーティング後、スパイクを磨く時間を設けていた。全員で輪になって、スパイクを見せ合いながら冗談を言ったり、くだらない話で盛りあがったりする。

「そんな時間がチームの和を育んでいくと思ったんです。これは準備の象徴のような話ですが、試合前、整列してから相手の選手とグラウンドに入っていく。相手のスパイクよりもきれいだと不思議と自信がわく。そんな気持ちを大切にしたいなと考えて、代表でも全員でスパイクを磨く時間をつくりました」