(写真撮影:編集部)

 

 

「おう、来たよ」

 片づけもそろそろ終わろうかというころ。それを見越したように二人の男が、半ば下りたシャッターを潜ってやってきた。

 フィッシングベストと擦りきれたキャップが、それぞれトレードマークになっているようだ。常連と思しき「宮さん」と「タクちゃん」である。

「いらっしゃい。なにか一杯飲む?」

「いいや、それにゃ及ばねぇ。買ってきたよ」

 何度も使い回しているらしい皺くちゃのコンビニ袋から、「宮さん」がチューハイのロング缶を取り出してカウンターに並べてゆく。全部で八本。ちょっと一杯という量ではない。

「お気遣いありがと。じゃあせめてアジのなめろう、悪くなりそうだから食べちゃって」

「そりゃあ上等だ」

 プシュッと音を立て、缶チューハイのプルタブが引き上げられる。冷蔵庫からは残り物のつまみまで出てきて、あれよあれよという間に宴会が始まってしまった。

 この二人は、なにをしに来たのだろう。たしかに昼間も、カウンターに肘をついて飲んでいた。ひかりとのやり取りを聞いていたから、明日美が営業終了後に戻ってくることも知っていたはずだ。なのになぜ、この場に連れ立ってやって来たのか。

 箒とちり取りを壁に立てかけて、明日美はカウンターに近づいてゆく。彼らと一緒になって、ひかりもいつの間にか缶チューハイを手にしていた。

「娘さんはどれがいい。レモンとシークワーサーと梅」

「タクちゃん」が縦に長い顔をぐるんと巡らせ、尋ねてくる。ここには決して、酒盛りをしに来たわけではないというのに。

「どれもいりません。あの――」

「うん、やっぱり旨い!」

 すみませんが、お引き取りください。そう続けようとした先が、「宮さん」によって遮られる。小鉢に盛られたアジのなめろうを、ひと口つまんだところらしい。

「ひかりさんのなめろうは、ニンニクがちょっと効いてるのがいいね」

「あら、そう言ってもらえると嬉しいわ」

 レモンチューハイをぐいっと呷り、ひかりはつまみの代わりに煙草を口に咥えている。カウンターに対して体を垂直に寄りかからせると、「宮さん」たちにかからないよう背後に首を捻って煙を吹き出した。

「だけどさ、仕込みも料理も一人じゃ大変だろう」

「そうね。助っ人を呼んだほうがいいかもね」

 明日美が輪に入れずにいるうちに、話が勝手に進んでゆく。「いらない」と断ったはずの缶チューハイも、目の前にコトンと置かれた。

「どうせ俺も暇してるからよ。人手が必要なら呼んでくれよ」

「でも『タクちゃん』、料理できないじゃない」

「ありゃ、そうだった」

「タクちゃん」がキャップを取り、広い額をぴしゃりと叩く。生え際が、頭頂部まで後退している。

 そのおどけた様子に、苛立ちのベクトルが一気に振り切れた。

「ちーがーうーでーしょ!」

 声を長く引きながら、明日美はその場で足を踏み鳴らす。他の三人の視線が、揃ってこちらに向けられた。

「大変もなにも、父がいないんだから店はいったん閉めます。なんでこの先も、あたりまえに続ける気でいるんですか!」

 腹立ち紛れに、カウンターを拳で叩く。

 突然叫びだした明日美に三人は戸惑っているようだが、この場は怒って当然だ。なんのために、こんな夜遅くに出直してきたと思っているのか。

「ひょっとして、お三方の誰かが共同経営者だったりしますか?」

「ううん、そういうわけじゃないわ」

「ですよね。だったら娘の私の許可なく、勝手をされちゃ困ります」

 まともに話を聞こうとしない相手に、あらたまってもしょうがない。感情を剥き出しにして、「迷惑です!」ときっぱり言いきった。

 声を荒らげることなどめったにないから、それだけですでに疲れる。乱れた息を整える間、三人は白けたように沈黙していた。

 なにこの、手応えのなさは。

 彼らは明らかに、困惑していた。まるで理不尽なクレーマーを相手にするときのように。正当な主張をしているはずなのに、明日美までなんだか、言いがかりをつけたような気分になってくる。

 やがて「タクちゃん」が、唇を尖らせて吐き捨てた。

「なにが娘だ、偉そうに。俺たちのほうがよっぽど、時ちゃんのこと分かってるのにさ」

「は?」

 まさか言い返されるとは思っておらず、体の末端が瞬時に冷えた。

「タクちゃん」の言うとおり、明日美は結婚して家を出てからというもの、めったに父親に会いにこなかったし、ここ十年は連絡すら取らなかった。時次郎の周りの人間からは、冷たい娘だと思われているに違いない。