「そういえば私、舞台に立ちたいという夢があったじゃない、と思い出したんです」(撮影:本社・奥西義和)

人生終盤に得たものは

しかし東京へ通うのは時間的にも体力的にも大変で、シニアタレントは数年で引退。ふたたび自宅でぼんやり過ごす時間が多くなった87歳の時、今度は長男をがんで亡くす。

「東京へ行く時は自宅に泊めてくれたり、休暇には海外旅行へ連れて行ってくれたりする優しい息子でした。だから私、ショックで落ち込んでしまってね」

しかしその時も、中野さんを明るい世界へ引き戻したのは舞台への情熱だった。シニア演劇アカデミーの募集を知り、第1期生として活動を始めたのだ。60歳以上のシニアが集まる劇団の中でも、中野さんは最高齢。

「皆さん『八重ちゃん、八重ちゃん』と呼んで、優しくしてくださって。ある方は、帰る方向が同じだからと私と手をつないで家まで送ってくれるの。毎回、それが楽しみだったんですよ」

現在も一人暮らしで、生活に不自由はない。「介護サービスは保険料を払うばかりで、まだ何も受けてないの」と笑う中野さん。たまに心細くなる時があっても、「劇団で仲良くなった方が、『私たちは一生の友だちだから、何かあったら遠慮なく電話してね』と言ってくださる。こんな幸せなことはありません」