「感激土俵入り」

8月のある日、灼熱の太陽を老体に受けながら、新作『キングダム 運命の炎』を見るために、都内の映画館にたどり着いた。若者ばかりが見に来るだろうから、見栄を張って若く見えそうな服を着て、ほうれい線をマスクで隠し、前日に屈伸運動をして、足取りを軽くした。しかし、チケットの販売画面でシルバー料金をタッチした自分を可愛いと思った。  

運が良かった。王騎将軍は何度も登場。仁王立ち、馬上でも直立姿勢。猫背なんかに絶対にならない。半径1キロ以内には近づけないド迫力オーラだ。そして、揺るぎない自信で、「全軍前進」と言う。映画館の中で考えた。いまの大相撲の世界で、この王騎将軍ができるのは誰か?

いました!宮城野親方(元横綱・白鵬)。花道で腕を組んで仁王立ち。テレビの解説に出たら、掌を広げて前に出し、「全力士前進」と言って欲しい。

いや待てよ。「全力士前進」は、初日の協会ご挨拶で八角理事長(元横綱・北勝海)に言っていただきたかった。八角理事長は、9月2日に両国国技館で還暦を示す赤い綱を締めて土俵入りをした。テレビで土俵入りを見て、最近見られない「雲竜型」の良さを再認識した。 

八角理事長は、北の富士さんが師匠だった九重部屋で千代の富士(元横綱)と猛稽古をしてきた。昭和62年7月場所に横綱として登場。しかし、引退を覚悟するほどの腰の痛みに苦しんだ。それを猛稽古よりも厳しいリハビリによって克服。3場所連続全休の後の平成元年初場所の千秋楽で、大関・旭富士(後に横綱、現・伊勢ケ濱親方)に優勝決定戦で勝利し、復活の優勝を果たしたのである。

当時、そのリハビリ内容を知り、冷え性だった私は、北勝海は人間を超えていると思った。1日8時間、階段の昇降をし、腹筋、背筋を鍛えまくり、マイナス190度の冷凍室に入る。それを繰り返すのだ。大人も子どもも真似しないでください、というよりは命の危険を感じて真似ができない。それを思い出し、「還暦土俵入り」は、私には「感激土俵入り」に見えた。

ラグビーワールドカップ2023の日本チームの初戦を、テレビでチラチラ見ながら原稿をパソコンで打っていたら、チリに42対12で勝った。ラグビーも「日本チーム前進」。

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