「父が心底悔しいと思うような、やりたくてもやれなかった役を演じられたら、ある意味で一番の親孝行なのかなと」
全米を震撼させた誘拐殺人事件をめぐるミステリーを描いたオフ・ブロードウェイの衝撃作『スリル・ミー』。2011年に日本に上陸し、8度目の公演となる今回、2014年に同作初出演した歌舞伎俳優・尾上松也さんが再び同役に挑みます。ドラマに舞台に大活躍される松也さんは、歌舞伎界を担う存在と言われていますが、常に新しいことにチャレンジする立場でありたいと語ります(構成◎岡宗真由子 撮影◎本社 奥西義和)

自分の中の変化が出せたらいい

9年ぶりの『スリル・ミー』です。前回2014年の公演時、僕は29歳。その後に再演されるというニュースを聞くたびに、自分の名前が上がらないことを苦々しく思う9年でした。(笑)

『スリル・ミー』というのは少し特殊な演劇で、演者は“私”と“彼”役の2人きり、最低限のセットとピアノ演奏だけで34年間に及ぶドラマを表現する。役者にとって、とにかくやりがいのある舞台です。自分の人生経験・舞台経験がどうしたって反映されるものになるでしょう。

僕は前回、若かりし頃の彼らの年齢に近く、晩年の彼らを演じる時は、年を経過させたことをうまく伝えられるようにと力が入っていたかと思います。今回は38歳になり、もっと自然に演じられると感じていますね。

この舞台は上演の毎に2~3組のペアが選ばれるのですが、それぞれのペアに役作りを委ねられていますので、当然個性が違ってくる。僕の演じる“私”の役は、“彼”を愛して“彼”にすがっていくので、“彼”次第でいかようにも変わっていく。

前回は柿澤勇人くん、今回は廣瀬友祐くんと相手役を変えての再演ですので、そういう意味でも違った『スリル・ミー』をお届けできるというのが楽しみです。

僕としては「おこらなければよかった」というセリフに目が留まりました。他人事のように聞こえるんですよね。犯罪に対して「やるべきじゃなかった」と言わなかった“私”と“彼”の気持ちに思いを馳せていただければと思います。

演出家の栗山民也さんは「二人の選択の連続が物語を紡いでいく」とおっしゃっています。確かに人生は選択の連続で、水を飲むかコーヒーを飲むかといった些細なことでもそう。こぼした時コーヒーだったから服にシミがついてしまい、そのシミをきっかけに未来が大きく変わっていくことだってある。

その選択をした瞬間には全く意識していなかったけれど、思い返せば「あれがきっかけだった」という時があるわけです。演劇の中にもそんな瞬間が散りばめられています。実際、それを芝居で強調せずとも「あれが運命の変わる時だった」というのを、後から思い返していただけるような、そんな芝居を作りたい。