マーそれを楽しみに勉強するサ

前にも申しましたとおり私も古稀の齢と過ごしはしましたが、今のところ昔の伏波(ふくは)将軍のごとくきわめて健康で若い時とあまり変りはありません、いつか「眼もよい歯もよい足腰達者うんと働ここの御代に」と口吟しました。

しかし何といったとて百までは生きないでしょう。植物の大先達伊藤圭介先生は九十九で逝かれた例もあれば、運よく行けば先生くらいまでには漕ぎつけ得るかも知れんと、マーそれを楽しみに勉強するサ。

いま私には二つの大事業が残されていますので、これから先は万難を排してそれに向こうて突進し、おおいに土佐男子の意気を見せたいと力んでいます。いいふるした語ではあるが、精神一到何事不成(なにごとかならざらん)とはいつになっても生命ある金言だと信じます。やア、くだらん漫談をお目にかけ恐縮しております。左(原文ママ)に拙吟一首

朝な夕なに草木を友にすればさびしいひまない

 

※本稿は、『随筆草木志』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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『随筆草木志』(著:牧野 富太郎/中公文庫)

日本における植物分類学の祖・牧野富太郎の最初のエッセイ集。初刊は昭和11年(1936)。執筆時期は内容から察して明治(日露戦争前後)から昭和初期。牧野富太郎ならではの、軽妙洒脱な文体、気取らない表現、語り口で、植物の魅力を縦横に綴る。