「これほど長く本を読まないでいられたということが自分でも意外だった」
読売文学賞を受賞した『天路の旅人』や、佐藤浩市と横浜流星のW主演で映画化された『春に散る』など、今改めて大きな注目を集める作家の沢木耕太郎さん。26歳でユーラシア大陸横断の旅に出て、そこから誕生した『深夜特急』は、今もバックパッカーのバイブルとして多くの人に親しまれています。そんな沢木さんが50歳になる頃、書店で起きたある出会いとは――。

ブレーキ?

ここ数カ月、まったく本を読むことがなかった。

ヨーロッパからアフリカへ、さらにアメリカから東南アジアへといくつかの国を転々としているうちに数カ月が過ぎていた。

その間、まったく本を読まなかった。一応、旅先で読むつもりで二冊ほど本は持っていった。エルモア・レナードの『ゲット・ショーティ』と岩波版『中国詩人選集』の「陶淵明」の巻だ。どちらも、これまできちんと読んでおらず、しかも小ぶりで軽いということもあってバッグの底に入れておいた。

ところが、旅の途中には十時間を越える飛行機での移動が何度となくあったにもかかわらず、ついに一度も手に取ることがなかった。これほど長く本を読まないでいられたということが自分でも意外だった。

数カ月ぶりに日本に帰り、またいつものような生活に戻った。しかし、これまでなら、何をおいても本屋へ行っただろうが、一週間が過ぎても本屋に行こうと思わない。かといって、家にある本を読もうという気にもならない。

活字中毒というほどではないにしても、最近まで本を読まない日常というものが存在するなどとは考えられなかった。しかし、本は読まなくとも日は過ぎていくようなのだ。

もっとも新聞は読んでいたから、完璧に活字から遮断されたわけではないが、暇さえあれば活字を眼で追うというようなことはなくなってしまった。

どうしてだろう。どうしてこのようになってしまったのだろう。ひとつ考えられるのは、旅先のアフリカで、サハラ砂漠に初めて足を踏み入れたことである。そこでの一週間は私にとって特別な時間だった。しかし、それが原因のすべてだというほど単純なこととも思えない。