ついに思い出した名前は

著者は、日本人でもなく、外国人でもないが、作家だったような記憶がある。日本人作家でもなく、外国人作家でもない……作家。私は、なぞなぞを突きつけられたアリスのような不思議な気分のまま、店の中を歩きまわりながら考えた。そして、単行本から文庫本の棚を過ぎ、雑誌のコーナーに差しかかったとき、突然ひとつの名前が閃き、小さく叫びそうになった。

カズオ・イシグロ!

そうだ、あれは確かカズオ・イシグロの本だった。カズオ・イシグロの新作の広告だった。カズオ・イシグロだから、日本人作家でもなく、外国人作家でもないという印象が残ったのだ。

もちろん、厳密にはすでに日本人ではなくなっているが、私には、いつの日にか彼が、日本にアイデンティティーを求めるようになるのではないかという予感がある。しかも、私にとってカズオ・イシグロの『日の名残り』は、ここ何年かで読んだ小説の中で最も心を動かされた作品のひとつだった。

さりげない虚構の中の精緻な細部。そのカズオ・イシグロの新作の広告だったので私の眼に留まったのだ。

著者名はわかったが、タイトルが思い出せない。タイトルがわからないまま探してみたが、その店にはカズオ・イシグロの本そのものがなかった。タイトルがわからないのは何としても気持が悪い。ここから十分ほど行ったところに別の本屋がある。もしかしたらそこには置いてあるかもしれない。

私は探し物をしているときの妙に昂揚した気分でもう一軒の本屋まで歩いていった。