『婦人公論』2016年6月14日号で、小林聡美さんと対談した際に樹木さんが書いたメッセージ

 

私は奥さんの秀子さん役ですが、きっと、天真爛漫な女性だったろうと思って演じました。ただ、根底には守一さんへの深い敬意がある。自らも絵を描いていた人だけに、守一さんの画家としての才能を感じていたでしょう。だから、夫のすべてを受け入れる。私自身はそこが欠けていましたが。(笑)

二人は赤貧のなか、5人の子どものうち3人を早くに亡くしています。子どもの死亡率が高かった時代だとはいえ、喪失感は計り知れません。そのことが彼の絵に影響を与えないはずはない。そうした彼らの人生の背景を表現したくて、もともとシナリオにはなかった「うちの子たちは早く死んじゃって」というセリフを加えてもらいました。

劇中で秀子さんは、刺し子の半纏を縫い直したワンピースを着ています。昔、熊谷夫妻と親交のあった白洲正子さんのお店で売られていたもので、今回のために仕立て直してもらいました。7月の暑い盛りの撮影だったので、撮影が終わって夕方に脱ぐと、床に落ちた時にドスンと音を立てるくらい汗を吸っていました。

撮影場所は、葉山の、車も通れないような細い道を入っていったところ。毎日通うのも大変なの。週末など、道が混みそうな時は早朝に家を出ました。私、もともと現場に早く行くのが嫌いなんだけど(笑)、今回は、早く着いて待っているのがちっとも嫌じゃなかった。美術さんががんばって、庭も家もまさに「モリのいる場所」だったから。あの空間にいるのが、本当に気持ちよかったです。

私と夫は、守一と秀子さんみたいに四六時中一緒にいるわけではないけれど、本質は変わらないわね。いつも頭のなかに彼のことがありますから。そういう存在がいるというのが、大事なことだと思っています。あちらも骨折やら病気やらいろいろしているので、顔を合わせると病気自慢なの。「俺、大変なんだ。糖尿病の数値が……」と説明されてもわからないから、「大変ですねぇ」とだけ答えると、「医者がこう言って、ああ言って」と。そして、「私は一応、全身がんですから」と言うと、「それは大変だな」のひとことでおしまい。(笑)

私はぜんぜん薬を飲んでいないけれど、あちらはプラスチックの薬ケースに月火水木金、朝昼晩……と、マメに仕分けをして、せっせと飲んでいる。お金もあれくらい、マメに仕分けしたらいいのに、どうしてしないんだろう。(笑)

この先ですか? まぁ、適当に、いい加減に。「遊びをせんとや生まれけん。人生、おもしろかったわ~」といった感じで終わればいいかな、と思っています。