停泊していた日本艦隊へ突入

さて、李舜臣は元均からの救援要請をうけると、全羅にもいつ日本軍が攻めてくるかわからないのに、朝廷の命令もなく越境することはできないと、いったんは拒否しました。

しかし信頼する部下から、ここは境界にとらわれず敵の先鋒を挫くじくことが全羅防衛にもつながると説得され、ついに出撃を決意します。こうして、李舜臣の戦いが始まりました(図2)。

図2:日本水軍と朝鮮水軍の戦闘(『日本史サイエンス〈弐〉―邪馬台国、秀吉の朝鮮出兵、日本海海戦の謎を解く』より)

5月7日明け方、李舜臣率いる全羅水軍は日本水軍の停泊地・加徳島(釜山広域市)をめざして進んでいましたが、巨済島の玉浦に日本船が停泊しているとの報に接し、そちらを攻撃すべく転進します。

玉浦に停泊中の日本艦隊は、藤堂高虎らを将とする水軍と輸送船団でした。

朝鮮水軍の来襲を知った彼らは、数では劣っていたものの、逆に船を出して迎え撃とうとします。それに恐れをなした朝鮮水軍では戦う前に逃亡する船もありましたが、李舜臣は全軍を鼓舞し、突入を開始しました。