長女は高校生になると学校に通えるようになり、長男も大学までエスカレーター式で進学できる第一志望の私立中学に合格した。子どもたちの成長を見届け、通信講座で簿記の資格を取り、契約社員として食品卸売会社で働き始めた。48歳の時だ。

19年春、面会での取材は約1年ぶりとなる佐々木さんは胸元にレースをあしらったピンクベージュ色のワンピースをまとい、55歳という年齢より若く見えた。3年前に役職定年となった夫は、在宅時間が増え、細かなゴミを見つけては掃除を指示したり、食事の味付けにうるさく文句をつけたりするなど、以前にもまして妻を「家政婦」扱いするという。

「もう限界です。夫が定年退職したら離婚するつもり。実は、働きに出てから知り合った男性とお付き合いしているんです。昔のとは違って、今回は真剣なので……。夫と違い私のことを気遣ってくれる優しい人で、信頼できて、経済力もあるし、時が来たら再婚したいと思っています」

長年の怒りが積もった夫に見切りをつけたからだろうか。佐々木さんは11年に及ぶ取材で、最も穏やかで、すがすがしい表情を見せた。

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かつて結婚は安心、安定をもたらすものとされたが、今では不安やリスクを増大させるものへと変容してしまっている。にもかかわらず、人は自分を必要とし、認めてくれる親密な存在としてパートナーを求め続ける。承認欲求は生きていくうえで欠かせないが、それを満たす関係を何十年も続けていくのもまた難しい。

今回紹介した事例の夫たちも、家族のために懸命に働いてきたことに偽りはないだろう。しかし夫たちは結局、妻の家事や子育てをする力に甘えていたのだ。

長年、家庭を妻任せにしてきた夫たちは、自分に妻がうんざりしていることを知らぬまま、「なぜ汗水たらして働いている俺に感謝しないんだ」「妻が変わってしまった」と嘆く。また、今さらながら「良き夫」になろうとするが、どうにも妻の意向とかみ合わず、うっとうしがられる。そのうえ、性懲りもなく「妻の気持ちがわからない」と訴える。

妻たちの不満の根底に共通するのは、夫たちが己のしてきたこと、してこなかったことを妻がどう受け止め、感じているかについて、まったく「気づいていない」ことなのに。