魚を持って帰ってきても知らんふり
3年前、亡くなった義母が持っていた海辺のマンションに移り住んだ葛西裕子さん(60歳・仮名=以下同)。
「定年を間近に控えた夫は、引っ越しを機に釣りに目覚めました。最初はあまり釣れず、『あら今日も1匹だけ?』なんてからかったのがよくなかったのでしょうね。負けず嫌いな人だから、道具にお金をかけ、めきめき腕を上げていったんです」
おかげで3~4ヵ月後には、アジやヒラメ、サバ、イカなど大量の魚介を持ち帰るようになったという。ところが夫は、料理ができない。もちろん魚をさばいた経験もゼロ。
「仕方なく、私がすべてやりました。ウロコが飛び散ったシンク、血みどろのまな板……、後片付けもひと苦労ですよ」
刺し身、煮付け、焼き魚、フライとあれこれ工夫はしたものの、意外とレパートリーが増えない。魚以外を食べたい日もあるんだ!! と腹立たしく感じることも。そして釣りに出かける夫を見送る葛西さんの頭に、「定年後、もし釣りが日課になったら」という考えが頭をよぎる。
「産休中の娘に電話をして、思わずグチをこぼしてしまいました。すると娘も、サッカーが趣味で社会人チームに所属しているおムコさんが、毎週泥だらけにしてくるユニフォームの洗濯に辟易していて、『お母さんの気持ち、よくわかる。これ以上はイヤだとお父さんに伝えなきゃ』と背中を押してくれたのです」
そして、その日釣りから帰った夫に「もう面倒みきれません。釣った魚は、自分で何とかしてください」と告げることに。対する夫は「オレに料理をしろというのか!!」と声を荒らげた。
しかし、ここで折れたら何も変わらない。翌週からは夫が魚を持って帰ってきても知らんふり。仕方なく、夫は近所へお裾分けしたのだが、もらうほうも毎週となると困ったのだろう、体よく断られるようになった。
「傷ついた夫は、突然釣りをやめてしまって。でも、そうなると一日中家にいて、週末は1日3食用意しなくちゃいけない。ストレスがたまるばかりです。新たな趣味を得て、生き生きしていた夫がしょんぼりする姿を見るのも、心が痛みました」
やはり自分が引き受けるべきかと娘に再び相談すると、「ダメよ。私がなんとかする」と言う。数時間後、娘が電話をかけてきて、「初めての出産で大変だから、お母さんに週末泊まりにきてもらえるとうれしいんだけど」と夫と直談判。
可愛い娘と孫のためならと、夫も承諾し、葛西さんは週末のたびに東京の娘の家に一泊するようになった。すると、食事が出てこない家に一人でいることに飽きた夫は、週末の釣りを復活したそうだ。
「でもご飯はないので、夫は近所の居酒屋で夜ご飯を食べるようになったらしいのです。その店に釣った魚を持ち込んだら、料理してくれたって大喜びして」
そうして懇意になった居酒屋の店主に、「女房に魚の料理を拒否された」と話したところ、「だったら、自分でできるようになればいい」と諭された夫。なんと店主が、夫に魚料理を一から仕込んでくれたというのだ。